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翌日、大学に足を踏み入れるといつもと違う異様な雰囲気に気が付く。どこか落ち着かない様子の校内をぐるりと見まわし注意深く観察していると、ふいに名を呼ばれ振り返る。 「足立、大変だ」 そこには修平と仲の良い(本人たちは否定するが僕にはそう見える)林邦久の姿があった。焦った様子で邦久は早口で状況を伝える。 「なにがあったの?」 「あいつが連れていかれた、3年のやつらだ、ほら入学当初足立に絡んで修平がぶっ飛ばした、確か名は…藤崎だ」 その名を記憶から瞬時に手繰り寄せる、同時にその男の交友関係全般全てを記憶から掘り起こす。 「それで、修平はどこに連れていかれたの?」 「旧校舎だ、あいつのことだから大丈夫だろうとは思うが藤崎のやつ何か企んでるみたいだ。念のため様子を見てくる、足立は他に誰か呼んで…って、おい」 後ろで呼び止める声がする、それを振り切って僕は旧校舎に向かって走った。 何もなければそれでいい、それでも何か嫌な胸騒ぎがした。 *** 旧校舎一階の大教室、そこから複数の人の気配がする。扉に手をかけるが内側から鍵がかけられているようだ。僕は舌打ちを一つして、扉の前で一度大きく息を吸う。そしてその後扉を力いっぱい蹴り上げた。しかしさすがに一度では外れない。もう2,3度蹴り上げて、ようやく扉が外れた。 使われていない旧校舎の空き教室は扉が倒れた衝撃で煙が舞う。一歩室内へと足を踏み出せば、何やら香の薫りがする。 室内には10人近い男たちが一人を取り囲んでいる。そしてその中央に探し人の姿をとらえて僕は目を細めた。瞬時に状況を推測する。 いつもの修平ならここまで大人しくやられるはずがない、それならなぜ、ふいに修平の荒い息遣いと乱れたシャツと鼻をかすめる甘い香りに一つの可能性に思い当たる。 僕自身になんの変化もないということはおそらく風俗などで使われているようなΩ専用の媚薬といったところか。修平はそれでもなお抗ったのだろう、顔に残る痣を見ればわかる。どれだけ苦しかっただろう、どれだけ痛かっただろう、もう少し早く来られたなら、そんなことを考える。 僕が危ない目にあっているのを見ると修平はいつだってどこからともなく現れて僕を守った。僕が困っていると誰よりも先に僕を助けてくれた。そのことがどれだけ「特別」なことであったのか思い知る。どれだけの想いを注意を僕に向けてくれていたのか、今になってようやく気付く。修平は僕のヒーローだった、でも僕はもう守られているだけじゃ嫌なんだ。 「幸也、逃げろ、俺のことはいいから、行け」 修平がそう叫ぶのを聞いた。その言葉にずっと昔の修平の言葉が脳裏をかすめる。 ―—『俺はΩだけど、それでもお前を守るよ』 修平は今日までこの日の誓いを守り続けてくれた。 だからこれは弱虫な自分との決別、同時に僕から修平にむけた決意だ。 僕に掴みかかる男の巨体から身をかわすと同時にその胸倉をつかみ、その勢いを利用して足をはらう。男の巨体が宙を舞い、その後派手な音と共に地面へと叩きつけられた。 ふうっと息を吐いて顔を挙げれば呆気にとられた様子の修平と目が合う。その顔がなんだか新鮮で思わず笑ってしまう。 「そんなに驚かないでよ、僕だって護身術くらい習ってるよ」 今度は僕が君を守る番だ。
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