エピローグ

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エピローグ

目が覚めると見知らぬ天井があった。 数回瞬きを繰り返し、俺はゆっくりと体を起こす。広い洋室、柔らかなベッド、朝の陽ざしが酷く眩しい。どこか見覚えのあるその部屋を見まわしているところに扉が開き幸也が入ってくる。そこでようやくここが幸也の実家の客室である事に気が付いた。 「おはよう、修平、体は大丈夫?」 「ああ、大丈夫だ、それより何があったんだ?俺はどうしてここに?」 「運転手を学校まで呼んでうちまで運んでもらったんだ」 「そうか、迷惑をかけたな」 幸也の言葉を聞き、次第に昨日のことを思いだす。そしてはっと幸也を見る。 「幸也、お前は無事か?あいつらに何もされなかったか?」 「うん、僕は大丈夫だよ」 ほら、このとおり、と幸也は両腕を挙げてにこりと笑う。幸也の言葉にほっと胸をなでおろした。同時に昨日のことをもう一度冷静に思い返し、浮かぶ数々の疑問に頭を悩ませる。 「修平、僕の話を聞いてくれる?」 神妙な面持ちでそう切り出した幸也に俺は頷いた。 *** 「思えば僕はずっと修平に守られてばかりだった」 幸也が語ったのは俺が幸也と出会う前の話、そして、俺と出会ってからの今日までの話。 「修平にずっと隠してきたことがある」 幸也のいう「隠し事」に俺は昨日の一件である程度目星がついていた。だからこそ幸也はこのタイミングで俺に話すのだろう。 「僕はαだ」 幸也の言葉に驚かなかったわけではない、それでも「やっぱり」と思う自分がいる。 どうして隠していたのか、なんて、責めることはできない。そもそも俺自身幸也がαだなんて思ったことは一度もなかったし、幸也を当たり前にΩとして扱った。言い出しにくかったのはそのとおりだろう。 「気づいてやれなくてごめん」 「違うよ、修平。僕は自分がαであることをあえて隠してきたんだ」 俺が謝ると幸也はそれを否定するように首を振った。 「僕がΩである限り、修平は僕を守るためにずっと傍にいてくれると思った、だから言わなかったんだ。ごめん」 だから、修平は何も悪くない。幸也はそういって、俺に謝罪し頭を下げた。 「修平に別れを告げられて、ものすごく後悔した。修平に隠し事して、卑怯な手段で修平を一人占めしたから罰があたったんだと思った」 違う、そんなつもりじゃなかった、俺はただ幸也の傍にいてはいけないと思ったから。これ以上幸也の傍にいることは幸也の幸せの妨げになると思ったから。俺がそう弁解するのを諫めて幸也は続ける。 「分かるよ、修平が僕のために言ってくれたってこと。だからもう一度よく考えた、僕と修平のこれからのこと。それでも僕は修平じゃなきゃ嫌だ、修平の隣を誰にも渡したくないそう思った」 思えばこんな風に堂々と幸也が俺に自分の意見を語るのは初めてのことだった。俺は口をはさむことをせず、ただ幸也の言葉に耳を傾ける。 「他にふさわしい人がいるかどうかなんて関係ない、僕が修平にふさわしい男になる、誰にも負けないくらい、誰にも文句をいわせないくらい」 だから幸也は昨日俺のもとに駆け付けてくれたのだろう。それは幸也にとってどれだけ勇気のいることだっただろう、どれほど大きな決断だったのだろう。 「もう修平を一人で戦わせたりなんてしない、僕だって修平を守りたい」 幸也の想いが痛いほど伝わってくる。 「だから、僕と一緒に生きてほしい、もう一回僕を好きになって・・・」 懇願するように俺にそう言った幸也の手は緊張と不安で震えていた。 ここまでの幸也の言葉を聞いて、何を迷う必要があるのだろう。俺は幸也の体を引き寄せてその体を抱きしめた。 「好きだ幸也。もうずっと前から変わらずにお前が好きだ」 幸也以上に守りたいと思う誰かに俺は会ったことがない。そしてそれはきっとこれからも変わらないだろうと思うのだ。 俺の言葉に幸也は耐えきれなくなったように俺の肩口で顔をうずめるようにして泣く。その背をさすってやると、幸也は俺の背に回した腕を強めて、囁くように言った。 「僕も好き、初めて会ったときから世界で一番修平が好き」 幸也のその言葉に思わず俺の目からも涙がこぼれた。 幸也は俺にずっと守られてばかりだと言った、でも、幸也を守る事で俺自身もまた救われていた。 ――「Ωだろうとなんだろうと、修平は今も昔も僕のヒーローだよ」 あの日、幸也がそういってくれなかったらきっと今の俺はいなかった。幸也は俺をヒーローだと言ったけど、幸也がいたから俺はヒーローでありたいと思えた。 例えΩでも幸也を守る、そう思えたのは幸也のおかげだ。幸也のおかげであの日、絶望から這い出すことができた。 救われていたのは俺の方だ。 だからこそ、今度こそ永遠に誓う。もう約束は違えない。 「俺はお前を生涯かけて守り抜く」 俺の言葉に幸也はあの日と同じように幸せそうに笑った。そして。 「それなら修平のことは僕が守るよ」 そうしたら僕たち最強だね、幸也の言葉に俺は「そうだな」と頷いた。
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