第11話 再会

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第11話 再会

 都の美しく並ぶ石畳の道をレリエは、少し俯いて眺めながら歩いていた。  カイとスーは兄との再会できる事を純粋に喜んでくれている、 それなのに城に向かうレリエの足取りは軽くなかった。 兄との再会こそがカイに依頼されていたこの旅の目的だったというのに。    当然兄には会いたい。 だけど、そうなるとカイとスーとレリエは一緒にいる必要がなくなってしまう。 兄との再会は二人との別れでもある。  村を失ってから、例えようのない不安に苛まされていた時に ほんの少しの間共に過ごしただけのカイたちは居心地の良さと安心感を与えてくれた。 故郷の村ではそんなふうに過ごす関係の友達もいなかった。 ”この旅が終わったらどうするの?”  この一言を口にしてしまえば別れが確実なものになってしまうようで 結局レリエは聞くことができなかった。 27140506-392b-4d14-8fdd-0966851fe86b  城門の近くで壁により掛かるようにして腕を組み、 青い騎士の制服に身を包んだナオヤが立っていた。 風で銀髪がゆるくそよいでいる。憎らしいほど絵になる男だ。  ナオヤは三人が来たことに気づくとレリエの姿を確かめふっと目を細めて微笑んだ。 それから言葉も無く、弟とたっぷりと、目をうるませて見つめあっていた。 感動の再会なのだから……カイ達は待った。  そしてナオヤは片膝を地面につき、人目もはばからずに、がばっとレリエを抱きしめた。 「レリ……無事で良かった、本当に、良かった」 最後に会ったのは半年以上も前だった......変わらない感触を確かめた。  レリエも両腕でナオヤをぎゅうっと抱きしめる 「兄様……」 「ううっ良かったです、本当に良かったですぅぅ」  スーも二人の感動の再会に目を潤ませている。 「レリ……あぁレリ……!」  とナオヤはすりすりすんすんを繰り返していてなかなか離れない。 (弟の方、若干嫌がってないか?こいつ......こんな奴だったか......?) 「あの~そういうのはまた後でやってくれね?」  とカイが思わず口をはさむ。 感動の再会とはいえ…… カイに兄弟はいないからわかりかねたが普通の兄弟の関係はこんな感じなのだろうか??と疑問符が浮かぶ。 「兄様……ほら、皆待ってるよ」  しぶしぶレリエから離れて立ち上がるとナオヤは二人に向き直って言った。 「……待たせてすまない。カイと、そちらの女の子は?」 「この子はミセリア村の神官でスーちゃんっていうんだよ」 「スーといいます、レリ君には道中大変お世話になりました」 「いえ、こちらこそ。 神官……そうか、デミトリアス将軍に船での事を聞いたよ、治癒術を使える方がいて助かったと。 王子も乗船されていたようだったし、大事にならずに済んで本当に良かった。感謝する」  ナオヤは指を顎に手を当てそれから少し思案して言った。 「今夜はレリをオレのほうに泊める。一度二人で話がしたい。 ギルドの報酬は明日の朝、俺の部屋まで取りに来てくれないか」  門番に話は通しておくから、と付け加えた。 兄弟水入らずで積もる話もあるのだろう。 「わかった、それで構わねーぜ」  報酬。半分前払いだった事もあってすっかり忘れていたが それを受け取るということは依頼の終了を意味する事に 今になってカイはようやく気付いた。  始まりのきっかけは不幸な事件だったけれど、道中とても楽しかった。 野宿も街も仲間と一緒だと見えるものが全く違っていた。 別れを思うとカイは少し寂しい気分になった。 「あと、そちらの神官の娘、スーと言ったな、明日カイと一緒に来て貰えないか」 「私もいいのですか~?でしたらよろこんで♡」  城の中を見たがっていたのでスーは嬉しそうだ。  翌朝、カイとスーは城内部にあるナオヤの室へと案内されていた。 やけに高い天井や美しい彫刻が施された柱、ツルツルに磨かれた床、 一般人には縁のない豪奢な光景に圧倒される。  ある部屋の前で使用人は立ち止まると、ノックした。 「お二人をお連れしました」 「入ってくれ」 愛想もなくナオヤは二人を中に入れると後ろ手に扉を閉め、一呼吸置いた。  部屋の奥からレリエが顔を出して小さくおはよ、と言った。 それだ。朝なんだから第一声はおはようございますとか先に言う事があるだろうが、とカイはナオヤに思った。 「ここはオマエの部屋なのか?」  カイは部屋を見渡した。 絨毯は分厚く足が少し沈むほどふかふかしている。 シンプルで天蓋などは無いが大きめのベッドに窓際に書き物をする為の小さめの机、 城備え付けの大きなクローゼットが隅に置かれていて、 それでもまだ剣を振れそうなくらいの広さがある。 「一応、そういうことになっている。 俺は一般兵舎でも構わないし寝床さえあればいいのだけど 騎士の、1小隊をまとめるものとして 王族のお側に在る必要があって一応部屋があたえられているだけさ」 「ふうん、エライんだなオマエ。」  アドラステアの王立騎士団……通称”蒼の騎士団”は少数精鋭といわれている。 「さ、掛けてくつろぐといい、  城の食堂から朝食を運んで貰ったから食べながら聞いてくれ」  とナオヤは机に並んだ椅子を促す。 「わぁ、焼き立てのパン!美味しそうですぅ~」  ナオヤは椅子を引いてさり気なくスーをエスコートした。 男性からこんなお姫様のような扱いを受けるのは初めての経験だったので、スーは少し照れくさい気持ちで頬を染めた。 ナオヤかにとっては息をするのと同じくらいごく自然な所作だ。 「城で長年経験を積んだコックが焼いているから味は確かだ」  スーは早速パンに手を伸ばした。 「うひゃぁ~美味美味ですぅ~❤」  このペースだとあっという間に積まれたパンはスーの腹へ消えていくだろう。 サイコロ状にカットされたチーズが練り込まれていて確かに美味い。  ナオヤは机にドン、と金の入った袋を置いた。結構重たそうだ。 「これが残りの分の報酬だ、受け取ってくれ」 カイは暫くそれを見つめ、ただ頷いた。 「それより、港町でオレがレリを連れて来てるってどうして知ってたんだ?」  カイもパンを噛りつつ気になっていた事を聞いてみた。 ナオヤは何か気に障ったらしく少しムッとしている。 「……えらく馴れ馴れしく呼ぶんだな人の弟を」 つっかかる兄をレリエは牽制した。 「兄様、僕がそうしてって言ったの」 どういう訳か兄はカイのことが気に食わないという顔をしている。 「そうか……だったら仕方がないな」  ナオヤはカイに鋭い視線を投げつつ、話を続けた。 「少し前、ミセリア村で一つ仕事をしたついでで、故郷……いにしへの森に帰ったんだ。 村だけを、地面が飲み込んだように穴が空いていた。 深すぎて底が見えなかった……あれでは流石に誰も…… その後、街でラモウ師匠の家を訪ねたら 非常時の取り決めの通りスミレがレリを街に転移させ、 君がギルドの依頼を受けたという話を聞いたんだ」 「大穴だなんて、村が沈むほどのことが起きたってのに、 森のすぐ横の街にいたオレたちには 地響きどころかまったく何の音も聞こえなかったんだぜ?」 「きっと自然現象ではない”何か”が起きたんだ…… 村が狙われたのは俺たち天術士のある”秘密”のためかもしれない。 何世紀もの間、村を世間から隠して暮らしてきたというのに。 誰が何のためにどのような手段でやったのかは不明だ。」 「……」  重すぎる話題に一同は少しの間言葉を失くした。 「秘密って一体何なんだ? ”天術士”なんてのはレリに合うまで聞いたこともなかったけど 普通の人にはないすごい力があるってことか?」 カイが沈黙を破る。 一つ心当たりがあった。船の上でのこと。 「そういう事を話す前に……」 ナオヤはカイとスーを交互に見つめて言った。 「君たち二人に無理を承知で頼みたい事がある。 必要ならギルドを通してから依頼しても構わない」 「エッ、私もですか~?」 「なんだ、頼みたい事ってのは」 スーはリスの様に両方の頬を膨らませてもぐもぐしているが話は聞いていたようだ。 「この事件に関連してそうな事を色々調べたい」 ナオヤは言い辛そうに口元に手をあてた。 随分言い方が曖昧だ。 「俺の村の事は私事だし公にできない内情もある。騎士隊や国を巻き込みたくはない。 時間がかかるかもしれないし、騎士を辞めて個人的に調査するつもりでいる」 カイとスーは驚いて目を見合わせた。 「騎士を辞めるだって?でも騎士になるのってめちゃくちゃ大変な事なんだろ、そんな簡単に決めていいのかよ」 「もとより騎士で在ることに執着はしてない、父の強い希望があったからなったようなもの。 俺は強くなれさえすれば良かったんだ……」 「オマエの言いたいこと、わかるぜ。 オレ達に一緒に来て欲しいってことだろ?」 実は昨夜カイが眠れずにずっと考えていた事だ。 この兄弟には助けが必要なはずだと。 このまま放っておけない、と。 「……ごく簡単に言うとそういう事になる」 ナオヤが二人を選んだのには一応理由があった。 カイは直情型でお人好しで少し馬鹿そう……いや、 頭がゆるそうに見えるが人を裏切るタイプではない。 信じてもいいと思える何かを持っている、そんな雰囲気があるのだ。 不本意だが剣兄弟なだけあって戦力としても一応問題ない。 経験上こういうタイプの戦士は実践を通してメキメキ強くなるのだ。 レリも懐いているようだしカイはギルドで稼ぐ身、 所属もなく自由だということも大きな理由のひとつだ。  スーは人間本来なら制御されているはずの筋能力、 いわゆる火事場の馬鹿力を自由に発揮させることができるらしい。 普通の人間がそんな事を繰り返していたら骨や筋肉は 損傷を受けすぐに使いモノにならなくなってしまうはずだ。 だがスーは神官としての治癒術で無意識に損傷を補っているのだろうと デミトリアス将軍が分析していた。  治癒術が使えるだけでも助かるのに戦闘においても 普通の神官戦士(モンク)よりもずっと頼りになりそうなところも魅力だった。 もし一緒に来てもらえるならありがたい存在だ。  騎士仲間や城の関係者とはこの6年間でナオヤなりに信頼関係を築いてきたつもりだが 城や騎士を除いた関係で、信頼でき、且つ腕に覚えがあるものという人間は 王都には一人もいない。  ナオヤの伯父がまだ城で教官として勤めているが伯父たちを巻き込みたくはなかった。 父は破天荒な母が自ら村を飛び出し、見初めて連れてきた婿養子なので 伯父は天術士一族の事情を詳しくは知らないのだ。  仏頂面で話を聞いていたカイがようやく口を開いた。 「べつに依頼なんて必要ねーよ。ほっとけねーし、気になるだろ、オレも一緒に行ってやる」 「ワッ私もです、私もご一緒させてください!」 まだまだカイ達と一緒に居たいと願っていたスーは二つ返事で承諾した。 「二人共、そんな簡単に決めていいのか?」  ナオヤはすぐに色良い返事が貰えると思っていなかったので驚いた。 「遠慮なんて必要ねぇよ、頼ればいいだろ。レリはオレ達の仲間だ。 オマエはいけすかねぇヤツだけどオレたちはもう関わってしまってるんだ。 ここまで聞いておいて今更怖気づくほど臆病じゃねぇ」 「そうか……レリの言う通りだったな……二人共助かるよ、ありがとう」  ナオヤは初めて素直に礼を述べた。 「良かった……二人ならきっとそう言ってくれるんじゃないかって」  おとなしく兄達の話を聞いていたレリもホッと安堵のため息を吐いた。  昨夜、兄とこれからの話し合いをした時にカイとスーにお願いして欲しいと頼んだのはレリエだった。 まだカイ達との旅を終わりにしたくなかった。 ナオヤはギルドの屈強そうな男を雇って仲間にすることも考えていたようだが 知らないいかつい男に囲まれて旅をするなんて想像するだけでぐったりする。  旅は想像できないような大変なこともおきるけど大好きな皆と一緒ならきっと大丈夫だと思える。 「また、一緒に旅ができて嬉しいですぅ~」 「改めて、よろしくな!」 「うん、ありがとね」 「あ、と、これ、この金はオマエが持っててくれ、旅に資金は必要だろ」  先程渡された謝礼の金袋をカイはそのままナオヤに渡した。 「本当にお人好しなんだな。リーダーはお前だ、カイが持っていろ」  だがナオヤはそれを突っ返した。 「はぁ!?」 「どっちかというと俺は参謀タイプだし、単純な熱血漢がリーダーに収まるのが定石だろ?」 「はぁ!?そんなの聞いたことねーけど!?」  カイは納得行かない様子だ。 「いいじゃない、リーダー、合ってると思うよ」 「え?あ、そうか?」  レリエに肯定されてカイはちょっと照れた。 「そうですよ、カイさんならお金の管理もしっかりしてくださいますし安心安全ですぅ!」  そしてスーにまで太鼓判を押されると大変断りづらい。 「いやぁ、二人にまでそう言われちゃうと......仕方ねーな」 「じゃぁ頼んだからな、リーダー。」 「お、おう、任せろ!」  ナオヤは鮮やかに面倒そうな役割をカイに押し付け......任せることに成功した。 「さて、ここからは大事な話だ。」  他の誰にも聞かれるわけにはいかない。 だからこうしてわざわざ二人を城の部屋にまで呼んだのだ。
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