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第15話 追跡者(ストーカー)
「なぁ、なんで歩いて行くことにしたんだよ」
先頭を歩いていたカイが振り向きながらナオヤに話しかける。
「すぐにわかるさ。お前も少しは警戒しろ!」
相変わらずナオヤは周囲の様子が気になっているらしい。
「んだよ、オレが警戒してないってのか?」
「兄様、どうしたの?なんだか怒ってる......?」
「えっ!いや。そんなわけないだろう、お兄ちゃんはいつも通りだ」
「そうかなぁ......」
「おぉい!オレは無視かよ!!」
「まぁまぁ折角気持ちいいお天気なのですし~
楽しく行きましょうよ~」
一行は南のギロギアという街へと歩き進めていた。
天気も良いし行きは少し下りだから徒歩だって特に不満はない。
暫く歩いた頃、ナオヤの神経は最高潮に高まっていた。
「気になることがあるから確かめてくる、そこで待っててくれ」
「あっおい!」
そう言い残すととナオヤは少し引き返すと森に沿って生えている藪に向かって剣を向けた。
「そこに居るんだろう?いい加減姿を見せろ!」
ナオヤの射るような眼差しの先、
ガサガサと音を立てて背の高い人物が藪をかき分けて出てきた。
「なっなんだアイツ!?いつからいたんだ!?」
「全然気づきませんでしたね......」
草色の三編みを背中に垂らした男は片目に眼帯をしている。
三白眼のギロリとした隻眼でこちらを見た、
一瞬足がすくみそうになるほどの眼力だ。
カタギではない。
「............」
「街を出る前から付けていたな、ずっと俺の弟を見ていたようだが......」
ナオヤの語気が強まる。
「お前、変質者だな!?」
いきなりの変質者認定に黙っていた緑の男は一瞬唖然として途端にわたわたと焦りを見せた。
「しかも、まるで獣のようにずっと気配を隠してつきまとって随分手間取らせてくれるな。一体何者だ!?」
「なっ!ちっ違う......おれは、ただ......」
「言い訳無用!変質者は王都の治安維持隊に突き出すまでだ!」
ナオヤはいつでも魔術を使えるように剣を持った片手に力を集める。
「ヤメロ......争う......気、ない!話、ある......!」
男は両手を上にあげて抵抗する気がない事を示した。
ナオヤの見立てでは結構な使い手に見えた。戦えば五分五分かもしれないが男は本当に争う気はないらしい。
「変態と話すことなど何もないのだが......」
「その子供、ソラニアの......継...」
男が話し終わる前にナオヤが目の色が変えて一気に間合いを詰め、男の胸ぐらを掴む。
「もう一度聞く、お前は”何者だ”!?」
がっしりと掴まれた胸元の強い力にもナオヤの射るような視線にも男はまるで動じていない。
先程変態扱いされた時のほうがよほど動揺していた。
「おれの名は、クレイヴァー。おれも……ソラニア......の末裔……月狼……獣……」
一瞬で場が凍りついた。
無論、ナオヤが魔法を使ったわけではない。
こんなに都合よく探しものがみつかることがあるものか。
「獣の一族だと......?聞いたことがない、証拠はあるのか?」
ナオヤはクレイヴァーを掴んでいた手をぱっと離した。
クレイヴァーと名乗る男は頷いた。
そして詠唱する、どこかで聞いたような古代語だ。
クレイヴァーの胸元からを狼のような獣が鍵を咥える姿の、眩しい球体が現れた。
レリエのものとよく似ている。
「これで...いいか......?」
ナオヤは黙って頷いた。
「確かに......。クレイヴァーといったか、お前は本当に俺達に敵意はないんだろうな?」
クレイヴァーは頷いた。
「ない。......敵対する......理由が、ない」
何故こんなにも疑われているのかと思いながら。
「念の為その武器を預からせて貰おうか」
「構わない......」
クレイヴァーは背中に背負っていた長い棒のような武器をぽいっとナオヤに投た。
クレイヴァーは軽々しく投げてよこしたがこれは鈍器といっていい。かなり重たい。
獣の力を宿した一族とはパワーも伊達ではないらしい。
「さて、話をしようか。」
一行は川辺でお茶をしながらクレイヴァーの話を聞いていた。
知らない人が一見すればそれは楽しそうなピクニックのような光景である。
城から勝手に持ち出し...
少しばかり拝借してきたハーブティの安らぐ香りが毛羽立った心を落ち着かせてくれる。
相当に口下手なクレイヴァーから話の全容を聞き出すというのは
尋問だとかそういう事に慣れているナオヤでも骨が折れることだった。
話を聞いているうちにあたりはたちまち日が暮れてきてしまっている。
レリエからすればクレイヴァーはオーヴの継承者だといっても、
他の誰かと何か違ってるようには別段感じられない。
強いて言えば初めて目があった時胸の奥でオーヴが震えたような気もする。
レリエはまだ自分の能力を使いこなせていないだけで研ぎ澄ませばはっきり分かるようになるというような事をクレイヴァーは言った。
クレイヴァーの持つ嗅覚や感覚的によればレリエは同じソラニアの継承者だと直感的に感じたのだそうだ。
だが、声をかけるタイミングを見つけられずに一行をずるずると尾行をすることになってしまったのだ。
「クレイヴァーさんの村を襲った人たちは僕たちの村の事とも何か関係があるのかな?」
「わからない......おれの村の文献には......いくつか書かれていた......ソラニアの末裔が、
移り住んだ大陸のこと。海の島、火の島、湖の僻地……」
「結構後期にソラニアを離脱した一族なんだな。どのくらい詳しく書かれていたんだ?」
「大陸...国、それくらいだ......」
「わざわざ警告しに来てくれたのに悪かった。この後は他の国へ向かうつもりなのか?」
「...そうだ」
「単刀直入に言うが、俺たちはソラニアを目指している。
レリエ以外にもオーヴをもつ継承者の協力が必要なんだ。
頼む。一緒に来て欲しい。」
クレイヴァーは目を見開いた。
黙って聞いていたがナオヤ以外も皆同じことを考えていた。
「他の末裔のいる所が大まかにでもわかるなら...貴方の感知能力で他のキーを持つ継承者を
見分けることだって不可能ではないというわけだろう。
今、俺たちにはどう考えても貴方の協力が必要だ。」
「...................................................................................................」
長い、長い沈黙だった。
彼が口下手であることはもうカイ達もすでに承知の所、
皆クレイヴァーの言葉を固唾を飲んでじっくりと待った。
「おまえたちはおれに、協力......してくれるのか?」
ぽつりとクレイヴァーは言った。
「仲間になるんならそんなの当然だろ、お前、くら...えーと、クレイヴァー...だっけ?
お前他に目的があんのか?」
「復讐する......」
クレイヴァーの口から静かに、だがはっきりと発せられた強い言葉に皆ぎょっとした。
クレイヴァーの怒りを抑えた目から押し殺した殺意が見え隠れし、
レリエは思わず身をすくめる。
「やつらは、家族を殺し弄び......おれに...殺させた」
クレイヴァーは己の両手をじっと見つめて淡々と続けた。
「おれの手は.......血で汚れている、やつらの血を以てしか......この血は拭えない......」
クレイヴァーのいうやつらとは、どんなやつらかわからないが相手も同じ人間のはずだ。
魔物を倒すのとはわけが違う、それでもクレイヴァーは本気らしい。
復讐心に燃える黄色い片目は瞳孔が開ききり、
食いしばる歯口からは長い犬歯がむき出しになり、まるで血に飢えた獰猛な獣のようだ。
ナオヤとカイは顔を見合わせた。
命を重んじるスーは困ったような悲しいようなそんな顔をした。
「なあ、お前の言う復讐ってのは相手をその......殺すってことなのか?」
カイは恐る恐る尋ねた。
「......そうだ」
「他にも報復のためなら手段はあるだろう、キチンと訴えれば国で裁判にかけることだってできるだろう?」
「やつらがやった証拠......ない。おれだけ......知っている......」
そもそもクレイヴァーのような隠れて生きる遊牧民達の存在なんて誰にも知る由がないのだ。
わかるからナオヤも絶句した。
「僕達も村を失ったから、クレイヴァーさんの気持ち、少しはわかるよ......。
悲しい、悔しい、辛いよね。
ここまで一人きりで苦しい気持ちを抱えてきたんだよね......僕なら耐えられないよ」
レリエは目を潤ませてそっとクレイヴァーのごつごつと骨ばった手をとった。
あたたかい、やわらかい。
ナオヤは先程まで彼のことを変質者だと思っていたので、一瞬眉をきつく寄せる。
まだ疑っているのだろうか。
あの時はカイがレリエの気持ちの寄り添ってくれて救われた。
でもクレイヴァーはたった一人で耐えてきた。
クレイヴァーはレリエの小さな手のぬくもりに故郷に残した妹の事を思い出し、
目を閉じて心を落ち着かせた。
そういえば長いこと一人だった。
あれからすぐ故郷を出て今まで誰一人この感情に寄り添ってもらうことなどなかった。
人のぬくもりに触れると、クレイヴァーは憎悪や殺意がほんの少しだけ溶けていくようだった。
カイが沈黙を破る。
「なぁ、他の末裔ってのを探していればクレイヴァーの敵(かたき)にもいつか会うかもしれないよな。
オマエの話からするとめちゃくちゃな奴らっぽいし、
もし出くわしたなら......戦いは避けられないとオレは思う」
「えぇ、そうですね......」
スーも頷いた。
「もし、そうなったら、そうなったならオレはクレイヴァーに手を貸してもいいぜ」
「おい、お前っ」
カイの言葉にナオヤは焦った。
「誤解すんな、一緒に戦うって意味だよ!
でも最終的にどうするかってのはクレイヴァーが、お前がその時考えて決めればいい」
「一緒に......戦う......か。」
クレイヴァーは”一緒に”という言葉を噛みしめるように反芻した。
「いいだろう......」
一人の方が気楽だ、孤独には慣れている。
だけどこの人たちは不思議と居心地が悪くない、とクレイヴァーは感じていた。
「やれやれ、リーダーが決めたなら俺たちも従うしかないかな」
ナオヤ自身は内心、目的の為ならもうどんな罪や業を背負っても構わないと思っていた。
それでもなるべく平和的手段で物事を解決できるなら本望だし
できればレリエが悲しむことはしたくない。
今のナオヤ達にとってクレイヴァーは情報を持っていて且つソラニアの後継者、
まさに渡りに船である。
変態でないなら何が何でも仲間に加えたい。
「私、これでも一応聖職者なんです、クレイヴァーさん、
お辛い時はどうか私にお話聞かせてくださいね」
「......」
(口下手なので)それは多分無理、と思ったがクレイヴァーは一応感謝を込めて首を縦に振った。
もう夜は近く、移動するのは危険ということで
一行はこの場所で夜を過ごす事になった。
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