第2話 謎の失踪事件

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第2話 謎の失踪事件

 いにしえの森、天術士の村が地に呑まれる約半月ほど前のこと。  王都アドラステア、 天然の海岸要塞に守られた美しい水の都。 その王城の一室の大きな窓から射るような眼差しで外を眺めている青年がいた。  朝日に照らされ煌めく銀色の髪は長めの右側の毛を残し後ろで一つに束ねられている。 端正な顔立ち、スラリとした体型、カリスマ性を帯びた空気をまとっており この場で彼が王子ですと紹介されたとしても誰も疑うものはいないだろう。  残念ながら彼は王子様ではない。 52ce3ed5-960f-4188-9148-fbe422872ff7 ナオヤは王都の騎士団 [通称:蒼の騎士団] に属す小隊のうち1つを任されている。 19歳という若さでは異例の事である。 騎士団の隊長達にはそれぞれ、王宮内に広くはないが自室が与えられている。  ナオヤの父がそうだったように、 ゆくゆくは王を守る7人の近衛兵(ロイヤルガード)になるのではないかと密かに噂されている。  さてこの朝、ナオヤは激怒していた。 理由は二つある。  一つ目はこのごろ失踪事件が多く発生しているが、いずれも未解決のままであった。 年齢も性別も容姿も様々で共通点が見いだせず手がかりさえなかった。  だがある日突然、行方不明者の一人の男がもとの村へと戻って来た。 見つかった時は話すことさえまともにできず終始意味不明なことを口走っており 何があったのかも聞き出せなかったそうだ。  食事も取らず、眠ることもしなかった男に翌朝異変がおきた。 突然苦しみ出し、一瞬にして牙が生え、獣のような尾や、魔物のような羽、 手足は大きく毛むくじゃらに、爪も鋭く変貌したのだ。  完全に自我を失い、村人達を手当たり次第に襲いかかった。 すぐに剣士等が対峙したが戦う前に男は苦しみだして事切れたという。 けが人が軽症で済んだのは不幸中の幸いだったが 戻ってきた家族が完全に人ならざる姿に変わり果て襲いかかってきたことは 村中に大きな衝撃と動揺を与えた。  由々しき事態だ。 村や街は結界石の加護に守られており魔のものは侵入することなどできない。 それなのにその男はなんの影響も受けなかった。魔獣化する前だったからだろうか。 魔獣化した後だって可能なのかもしれないのだ。  一体彼の身に何が合って魔獣化してしまったのだろう。 こんなことはありえない、あってはならない。 他の行方不明者にも同様の可能性がある。  至急魔獣化した男の村へ行き詳しい調査をしなくてはならなかった。 遺体のサンプルを採取し研究者達に頼んで詳しく調べなくてはならないだろう。 もし誰かの手によってこのような事件が引き起こされているのとしたら...... 彼の家族の気持ちを思うと抑えがたい怒りがこみ上げてきた。 他の騎士隊に任すこともできるがどうしてもこの目で見て調査しておきたかった。  ナオヤの怒り二つ目の理由、それはこの件の調査のために 故郷にいる年の離れた最愛の弟の誕生日を祝いに帰れなくなった事だ。 これこそなんといっても、由々しき事態である。  以前故郷に帰った時には、髪の長い自分にあこがれて伸ばした襟足が どうしてもハネてしまうのだと拗ねていた。 顔だけでなく少し癖のある柔らかい毛質も母親に似ていている。 それも可愛いじゃないかと言うと俺のように格好良くしたかったと言うのだ。 …...あの日のことを思い出すと思わず顔が緩んでしまう。  調査に向かう村は故郷に近い。 一段落したら必ず弟......と家族、村のみんなの顔を見に帰ろう。 そのためならいくらでも頑張れる気がした。  コンコン... 部屋を控えめにノックする音。扉の向こうから声がした。 「隊長、全員準備整いました!」 「わかった、すぐに向かう」  気持ちを切り替えナオヤは仕事へと向かった。 今日の海は荒れ模様らしく地道を馬でいくことになるだろう。 事件のあったミセリア村まで馬だと飛ばして一週間程だ。  ナオヤが激怒し、王都を出た同じ朝のこと。 魔獣化人間が出たミセリア村の"聖なるアリコーン教"の教会にて。  朝の陽光がアリコーンが描かれた美しいステンドグラスを通り抜け、 遮光が教会の祭壇のあたりを神々しく照らしている。 アリコーンとは角と翼を持つ聖なる馬である。 祭壇の中央には大昔の神話でアリコーンと共に戦った聖戦士マクヴィスの 石像が力強い姿で人々を見下ろすように立っている。 その真下、無残な姿に変わり果てた男の棺に神父が聖水を注ぐ。  溢れる光の中少女が棺にそっと献花し祈りを捧げている。 明るい金髪が光を反射し彼女の周りをひときわ明るく輝かせていた。 前髪をあげたまるい額が少女らしさを際立たせており、おさげが顔の左右で揺れている。 いつもは溌剌としている明るい碧の大きな瞳も今日は沈んでいる。  スーは教会で育ったのでここでたくさんの亡骸を見てきた。 だけど、こんなに悲惨な亡骸を見るのは初めてだ。 全く人の形をしていない。  目を閉じて最後にこの男がこの教会を訪れた日の記憶を思い出してみる。 教徒が多い聖アリ教の巡礼地の一つのため、訪れる旅人は多いけれど 村人は少ないので皆身内のようなものだ。 少し稼ぎのいい仕事を見つけたから、借金が返せそうだと笑っていた。 あの彼の姿を心に留めておきたかった。 葬儀が終わり皆が帰ったあと、窓の外に見慣れない女性が立ち去って行くのが見えた。 このためにわざわざ村の外から来た親族なら挨拶がしたいと思ったスーはとっさに女性を追った。 「あのぅ、そこの方、待ってください~!」 腰まで届く薄紫のふわふわの長い髪、ミステリアスな眼差しの女性が振り向く。 「何かご用?」 「ご親族の方ですか、私、ここの教会の者ですがよろしければ少し彼のお話をしても......」 「いいえ、ただの知人よ。彼は本当に残念だったわね...... 悪いけど、馬を待たせているの、さようなら」  女性は足早に去って行ってしまった。 「スーや、ちょっと手伝ってもらえますか?」  神父が呼んでいる。 「はぁーい、すぐにいきますぅ~」 記憶もないくらい幼い頃に両親が教会の幹部となって本部のある聖都へ出て行ったきり、 神父様がスーの親代わりだ。 後片付けをしながらスーは神父に尋ねた。 「神父様は、彼の姿が変わってもアリコーンと聖マクヴィス様は理想郷へと魂を お導きになると思いますか......?」 死後の魂だけでもどうか救われてほしい。 「マクヴィス様は愛と平和のために祈りを捧ぐ者たちすべて平等に愛されております、 彼も熱心に祈りを捧げてきたことをマクヴィス様が見てくださっていたと、 私は思っていますよ。 長らく使っていませんでしたがこういう時こそ教会裏の洞窟の奥にある ”咎人のための祭壇”へ祈りを捧げられたら良いのですが…...」 「咎人のための......」  話には聞いたことがある、罪人が理想郷へ行く最後の免罪符は 暗く危険な長い洞窟の奥にある祭壇へ祈りを捧げることだった。 洞窟を進む中では様々な悪夢や幻が現れ、咎人を苦しめる、 それに耐え抜き祈りを捧げれば救われるというのだ。 本人がすでに死んでいる場合には 死人の遺物を携えて代わりの者が行くことが許されていた。 「神父様、でしたら私が彼の代わりに行ってきます!!」  人並み外れた力もちの神官戦士(モンク)であるスーは 幼少期から習っている体術を得意としているし、魔物との戦闘経験だってある。 「しかし、こんな危険なことをスーがする必要などないのですよ?」 「いいえ。私、あの方のために何かしてあげたいんです」  遺族たちの絶望と、変わり果てた姿へ注がれる異質なものへの眼差し、家族でさえ目をそむけていた。 あんな終わり方があって良いわけがない。 少しでも魂が救われるというならば手助けがしたかった。  神父はスーの心優しく、また猪突猛進で言い出すと頑固な一面をよく知っていた。 止めても無駄だろう。 まっすぐすぎる瞳に気圧されて神父は頷いた。 「あの洞窟はここ数年、人が立ち入っていませんよ。 中がどうなっているか、どんな危険があるかわからないのですよ、 危険だと思ったらすぐに引き返す事を約束してくれますね?」 「はい!!神父様!!」 教会の少女スーは明かりもない暗い洞窟へ行くことを決意したのだった。 074729e1-d459-40c1-b0d9-6041b0c16d55
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