第3話 道のりは遠く

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第3話 道のりは遠く

 旅立ちには絶好の日和だった。 午後の陽気はこの旅人達の気分などつゆ知らず、明るい日差しを投げかけている。 二人が乗る郵便馬車はガタゴトと音を鳴らしてでこぼこの道を走っていた。  こんな道でもかろうじて魔除けの結界石が地中に埋まっているようで 魔物の襲撃もなく二人はただただ景色を眺めているだけだった。  カイは珍しく考え事をしていた。 突然村を失い、孤独と悲しみのどん底にいる子に一体どんな言葉をかければよいのかと。  落ち込んでる相手になら普通は「元気出せよ?」いや、そんな急には無理だろーし。 「明けない夜などないさ!」......これはなんか間違ってるな。 「なんとかなるなる~!!」......?軽すぎるか。絶対にこれはだめだ。 一人で百面相しているカイを横目で見て、レリエは少しはにかんだ。 73454ae8-c235-400d-b4d9-66073753dc8e 「ん......何だ?」 「ありがとうございます、なんだかいろいろと気を使ってくれて」  広場でたくさん話しかけてくれたのに村が崩落する様子を思い出して 考えたり返事をすることもできなかった。 「大丈夫、心配ないさ、絶対兄貴のところに連れてってやるからな」  そう言ってレリエの肩をたたいた。 気を使うつもりが逆に気を使われてしまうなんて年上失格だ。 「うん」  レリエはかすかに微笑んだ。  しかし数十分ほど経ったころ、 「うぅ......これは何......頭がぐらぐらする、気持ち悪......う......」 「乗り物酔いだな、多分。馬車に乗るのも初めてなのか?」  レリエが青白い顔でこくこくと頷く。 人が乗るようにできていない荷台に乗るなんてはじめての経験で 足もお尻も痛くて堪らなかった。 「まあ、ここまでくれば次の街まで歩いても行けそうだし、 馬車は降りて少し休んでから行くとするか」  カイはそう言って郵便屋に事情を告げ馬車からレリエを下ろすと手近な木陰へと連れていく。 王都までは道のりは箱入り息子(?)だった彼にとっては過酷な旅路となるのだろう。  なるべく早く王都へ連れて行ってやりたいが無理もできないか。  木陰に座っていると涼しい風が吹いて心地が良い。 徐々に気分も良くなってきた。 木々に閉ざされておらず、地平線まで続く大地を見るのは初めてだ。なんて世界は広いのだろう。 この世界にたったひとりぼっちでいるみたいだ。 実際、ほとんどそうなのだった。家族も同胞もいなくなってしまったのだから......。 この人が一緒でなければどれほど心細かっただろうか。 兄と同じ年頃の青年の少し気の抜けた陽気さが今のレリエにはむしろ救いだった。  6年前、兄が今のレリエ同じ13歳の頃に一人で王都へ旅立ったあの日は、 どんな気持ちだったのだろうか。 同伴者がいる自分と違ってたった一人で王都を目指した兄はもっと心細かったに違いない。 自分の知らない所でいつも兄はあらゆる事に耐えているのに レリエにはそんな素振りはひとかけらだって見せはしないのだ。 「そろそろ行けそうか?」 「うん、もう平気です。カイさん、ごめんなさい、僕のために......」 「気にすんな、この先いくらだって野宿することはあるし、魔物だってでる。 アレコレ気ぃ使ってたら王都までもたねぇぞ。 さんづけで呼ばれるのも慣れねーし、敬語とかさ、そういうの無しにしようぜ。 オレにも兄貴としゃべるみたいに、もっと普通にしててくれよ。そのほうがオレも楽だ」 「わかりまし......そうだね、  レリエが言い終えるその前に 突風が吹き、ギャオォオォオというけたたましい鳴き声と共に、 空から黒い翅を持つ小型の魔物が鋭い爪を振りかざし、襲いかかってきた。 魔物は勢いをつけたまままっすぐレリエを狙っていた。 「レリっ!危ない!!!!」 カイは呆然とするレリエの前に立ちはだかってすばやく剣を抜くと同時に魔物を切り捨てた。 障害物の少ない平原に現れるのは大概が低級の魔物だ。 低級の魔物は鳥のように気配が薄く気づき辛い、単体での襲撃だったのは運が良かった。  レリエは足がすくんで動けなかった。 戦闘はおろか魔物を直に見るのもはじめてだった。 カイは膝をついてレリエ両肩を掴んで目線を合わせた。 「怪我は?大丈夫か?」 「......あ、うん......」 「びっくりしたよな、じっとしてるのも危険だな。先を急ぐとするか」 「あの......」 「なんだ?」 「さっき、僕のことをレリって言ったかな?」 「え?あぁ…...とっさだったからつい。嫌だったか?」 「そうじゃなくて......兄様も僕のことをそう呼ぶから.....なんか嬉しくて」  そう言ってレリエはふわっと笑った。 ここにきてようやく笑顔を見せたレリエにカイはほっとして口角を上げる。 「じゃぁこれからもお前の事はレリって呼ぶからオレのことカイさんなんて よそよそしく言うなよ、旅は道連れなんとかかんとか……で、オレ達は仲間なんだからな」  カイとレリエの兄は年頃、背格好こそ近いけれど見た目も性格もまるで違う。 だけど......、何か、どこかが似ている。 剣の師匠が同じだからか剣を振る後ろ姿はよく似ているがそういうことではなくて。 出会った時にも感じたけれど、側にいると安心できた。 この感じがなつかしいような。 兄と会えたらカイと兄は仲良くなるかもしれないとレリエは思った。 兄は昔から兄弟子に会ってみたいとラモウ師匠にこぼしていたのだからきっと喜ぶはずだ。 「ところでレリが森からオレの家の前までは"空間転移(テレポート)"で来たって言ってたけど それを使って王都へ行くことはできないのか?」 「空間転移(テレポート)はとても高度でセンスがいる魔法なんだよ、 イメージが大事だし、少なくとも行ったことがある場所でないと座標を合わせる事も難しいよ。 距離が伸びるほどにズレが起きやすくて万が一時空の狭間に落ちたりしたら戻って来れないかもしれない。 人を一人転送するだけでもたくさんの魔力も必要になる。だから余程得意な人でなければ扱えないんだ」 「へぇ~、オレは魔術系のことはあんましよく知らねーんだ。まー無理ってことなんだな。 レリはどんな魔法が使えるんだ?」 「本で基本的な事は学んだんけど攻撃魔法は実戦したことがないんだ...... 使えるかどうかは......防御(プロテクション)とか付与系(エンハンス)魔術くらいなら 練習したことがあるからきっとできるけど」 「なるほど、十分だ、もしオレがやばい時は力を貸してくれると助かるよ」 「うん......自信はないんだけど..」 そういってレリエは眉をハの字にしてうつむいた。  街を一歩出れば魔物と出会う危険を孕んだこの世界で、 魔物と出会ったこともないとは相当過保護に育ってきたのだろう。 でもレリエを見ているとそれもわかる気がする。 かよわい小動物を見ているようで不思議と猛烈に庇護欲をかきたてられてしまうのだ。 雑談をしながら散歩をするような歩みで夕暮れ頃に二人が着いたアーザという街は カイのいたリューンという街と規模は変わらないが マントや武器を携えた旅人が多い。 この近くに険しい山があり、鉱石や希少な薬草や植物が多く自生しているので 危険にもかかわらずそれらの採取依頼や採取の護衛を受けた者たちが多いのが常である。 カイもまた、そういった依頼を受けにこの街のギルドには過去に何度も訪れていた。 カイは数ある宿の中からベルのマークがついた看板の宿へ迷わず向かった。 この宿は顔なじみで来るといつも良くしてくれるのだ。 「いろいろあったし疲れたろ、宿をとって今日は早く休もうぜ。 ベルおばちゃん、部屋を頼むよ、今日は2人で1泊、また台所借りてもいいか?」 「おやおや、お連れ様とはめずらしいね、台所は好きに使っとくれ」 レリエの事が気になったようだが深く追求はしないあたりは さすがベテランの配慮!とカイは心の中で感謝した。 「さ~て......」 お楽しみの時間だ。 荷物をベッドに放り投げるとカイは腰の後ろのベルトにつけていた リタばあちゃんから餞別に貰ったあのオリハルコンの包丁を取り出した。 切っ先が尖っているが至って普通の三徳包丁に見える。 艶のない黒い刃は目立たない程度に意匠がほどこされている。 包丁を掲げニヤつくカイの姿をレリエはすこし困惑して眺めていた。 「これをとうとう使う日がきたか.....ふふふ......昔から使ってみたかったんだよな~ 街だから食材もいろいろ買えるぞ、レリは何が食べたい?」 「本当!?カイが作ってくれるの!?僕はなんでも......」 「遠慮するなよ何かあるだろ~、こう見えても結構料理は得意なんだぜ」 「カイは料理が好きなんだ......じゃぁポトフとかでも......?」 正直なところ食欲なんてないが温かいスープなら少しは食べれるかもしれない。 ポトフは兄のナオヤ得意料理の一つでもあった。 「ポトフな、任せろ!!できたら呼びに来るからちょっと休んでな♪」 そう言ってカイは意気揚々と階下の台所へ降りていった。 カイと一緒にいた時は気が紛れていたけれど、一人になると無性に気分が落ち込む。 あの後村はどうなったのか、皆は無事なのか。 今更できることなど何もないというのに。 ベッドに横になると疲労していた身体には抗えずに レリエはあっという間に深い眠りへと落ちていった。 カイは念願の包丁を手に目を輝かせていた。 料理は好きだ、食材を切る感触も理想的な温度で炒めるときの音も、 食欲をそそる肉の焦げ目や野菜の色合い。 そのすべてを感じながら無心に手を動かしていると 心がとても穏やかになる。 この包丁はやはり最高だ。 鋭い切れ味もさることながら切った具材は滑るように刃から離れていく。 カイは最高の道具で調理できる幸せを噛み締めていた。 ポトフの工程は単純だ、淀みない手付きで次々と最適な形へ具材を切り分け後は出汁で煮るのみだ。 「お~いポトフできたぞぉ~」 コンコン、ガチャ 「おっともう寝たのか......」 頬に残る涙の後に心が痛む、そっと毛布を掛けて明かりを消すとそのままカイは夜の街へとでかけていった。 夜の街、と言ってもやましい目的で出かける分けではない。 田舎の町では都心の情報だけでなく近隣の街の様子さえウワサ程度にしか伝わってこない。 街に来たらまず情報を手に入れろと教えてくれたのは誰だったか。 酒場にいる情報屋のところへ行き最近の魔物たちの出現具合や王都までに 使えそうな移動手段がないかを聞いておくのだ。 宿に戻るとカイも慌ただしくはじまった旅の疲れから急激な眠気に襲われすぐに眠りについた。 翌朝。 「ごめんね、僕寝ちゃうつもりはなかったんだけど…...」 「気にするな!オレもつられて寝ちゃったし、 それに一晩寝かせたポトフは味が染みてより美味いんだぜ」 手を合わせレリエはポトフを口に運ぶ。 「うわぁ.......これ、すっごく美味しい、それにいい香り.....」 兄が作るポトフはハーブが効いていて何というかおしゃれな味だったとけれど カイのポトフはまろやかな優しい味でスープもほっこり系だ。 昨日はあんなことがあったから何も喉を通らないと思っていたけど 素朴な味が美味しくて、体だけではなく心も温まる味だった。 「そ~かそ~か、そいつは良かった。 ばあちゃんと一緒に配合したハーブや干し肉でとったスープだぞ」 料理は食べてくれる人がいるからこそ作りがいがあるというものだ。 二人は地図を広げ今日の道のりの予定を話したりしながら朝の時間をまったりと楽しんだ。ab07786f-646b-435f-86a9-c375ce9f6a80 「次に目指すのはこのミセリア村だ。小さい村なんだけどなんとかアリコーン教?だったか その信者の行き来が多くてそこから王都方面へ向かう乗り合い馬車も出ているんだってさ」 「通り道に有るこのベルンていう所は?」 「今日は郵便馬車が休みだからベルンまでまた歩きになる、 ベルンで一泊してミセリア村までの間に野宿も挟むことになるかもしれない」 「うん、覚悟はできてる」 「よし、じゃぁ早いうちに出発するか」
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