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第5話 教会の洞窟
スーは案内板を探しながら、その朽ちた板を帰り道がわかるように正しく配置して、
3歩進んでは2歩下がるようにゆっくりと進んでいた。
外はもう日もくれている時間だということをスーの腹時計が教えてくれていた。
ぐ~~~~~きゅるるる......
スーの腹の音が洞窟の中で盛大に響いていた。
「はぁ~~お腹すきましたぁ......ちょっと休憩して小腹を満たしますかぁ~!」
見た目の華奢さに似合わず大食漢なスーは
小腹を満たすと言って腕くらいの長さの長いバケットをぺろりとたいらげてしまった。
「ありゃ、ちょこっと食べすぎてしまったでしょうか、さて。まだまだ先に進みますよぉ~」
と元気な声を出して自分自身を鼓舞した。
暗い洞窟で一人きりだと流石に明るい性格のスーでも流石に気が滅入ってくる。
鼻歌を歌いながら歩くスーは背後でうごめいた影には気づかなかった。
「にぶい女ネ……」
岩場の影で少女がひっそりと呟いた。どんぶりをひっくり返したのような大きなつばのある帽子を被っている。
「ここも、シオドキ。ママに知らせるカ」
一方カイとレリエは予定よりゆっくり、徒歩や馬車を乗り継いで早朝、ミセリア村へと到着した。
奇しくもナオヤ達が去った2日後だった。
「ようやく村に着いたな、馬車酔いはもう平気か?」
「うん......ちょっとは慣れてきた……と思う。カイ見て、あの人だかり、何だろう?」
村のシンボル、教会の前に人が集まっている。
礼拝に来たにしてはどこか切迫した雰囲気だ。
「ちょっと見に行ってみるか」
村人達が司祭を囲んでザワザワと騒いでいる。
「いつからいないんだ?」
「背負ってるの見たわよ!」
「往復で2日かかるなんて昔からよくあるだろ、そろそろ戻ってくるって、そんなに心配しなくとも」
「2日もたってるんじゃ!若い娘一人で何かあったかもしれんじゃろうが」
「んでもスーちゃんだろぉ、クマみたいな魔物を素手で倒した事だってあるんだ、ヘーキさぁ」
「おめぇはちっとは心配しろぉ!」
「どうしたんだ?」
カイが声を掛けると皆の視線が一気に集まった。
「おや。見ない顔だね、剣を下げてるじゃないか、あんた旅の者かい?」
期待に満ちた村人たちの、すがるような目が怖い。
「ウッ......そうだけど、これは何の騒ぎなんだ?」
「教会の娘が洞窟に入って2日経っても帰ってこないもんだから
皆で心配してたのよ」
「村のもんはほとんど女か怪我人か、足腰弱い年寄りばっかりで、
誰も探しにいけるものもおらんで困っておったんじゃぁ......」
神父がカイ達の前にでてきて一礼した。
「お若い旅のお方、お疲れの所不躾なお願いをするのですが
どうか洞窟を少しばかり見てきて頂けないでしょうか?
ささやかですがお礼とおやすみになれるよう部屋を用意しますので、どうか」
「それは…...心配だな」
お人好しな性分のカイはこういう「困ってます、お願いです」という状況に陥ると断ることができない。
すぐ他人に感情移入してしまうのは彼の長所であり短所でもある。
気まずそうに連れの少年に視線を向けた。
あいにく今は王都行きの依頼の途中だ。
寄り道などするべきではないが......。
「放っておけないんだよね、カイは。僕だって心配だし、見に行ってあげない?」
レリエの一見幼い外見から発せられる大人びた言動や推察力には度々驚かされる。
一日でも早く兄と再会したいはずなのに。
「すまねぇ。レリは疲れてるだろうし、オレ一人で見てくるからオマエは教会で待ってな」
「え…...」
(僕は邪魔になるから?)
この数日で分かったことはカイという人は真っ直ぐで言葉も考えも単純明快なのだということ。
待ってろと言う言葉に深い意味はないのだろう。
わかっているけど、何の役にも立てていない自分が足手まといなのも事実だった。
疲れてはいるけど歩くのならまだ平気だ。
ただ待っているだけの時間は辛い。
今一人になるとまた不安な気持ちになってしまいそうだ。
だけど一人でいるのが嫌だなんてと言うのは我儘なのかもしれない。
もしも、もしもカイが戻って来なかったら…...
レリエが顔を曇らせたのをみてカイは言った。
「待ってるのが嫌なら、一緒にいくか?まあまあ歩くけど」
「いいの?邪魔......じゃないかな?」
「大丈夫さ、村から繋がってるような洞窟なら多分そんな危なくね~だろうしな」
そうして二人は灯りを片手にスーを探しに出かけたのだった。
スーが正した看板のおかげで二人は迷わず進み半日ほどで参道の中間地点までやってきた。
「?この音…...なんだ???」
「音って何?」
「ほら、聞こえるだろ」
少し進むとレリエの耳にもはっきりと聞こえた。
「ほんとだ、何かのうなり声みたいなのこれってまさか…」
ぐるるるるるぅ……ドォオオオン……ぐおぉぉおぉおお……
「まさか魔物か...…?この獰猛そうな声の割に気配が感じられねぇが...…不気味だ。
レリ、下がってな」
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カイは片手で剣を構えて灯りで前方を照らしながらじりじりと進んだ。
あるはずの道が岩で塞がっている。
「っ!?これは…!落盤があったのか!?」
帰ってこれない筈だ。だがこの不気味な音、それに時折何かがぶつかるような大きな衝撃音も聞こえる。
まさか例の神官の少女が魔物と戦っているのか?
カイは岩に近づいて手を当てて大きな声を出した。
「おーいぃ!そっちに誰かいるのか!?大丈夫かーー!?」
ぐるるるるるぅ……
謎の唸り声は続いているが衝撃音が止んだ。
「あぁぁぁ救いの神ですかぁ〜〜!?聖戦士マクヴィス様のご加護に感謝!
いますっいますぅーーー入ってますぅ~~!」
入ってます??トイレじゃあるまいし。
少し混乱している様子だが一応無事そうだ。
岩の向こうから間延びした覇気のない女の子の声が響いてきた。
「オマエが、スーだな!?平気か、怪我はないか?オレたち村の人に頼まれて助けに来たんだ。
この不気味な音はなんだ?魔物か?」
「ああぁあんもぅっー恥ずかしいですぅぅぅう!!!」
ドゴゴオオオオンッッ!!!
スーは赤面し、叫びながら力いっぱい岩をぶん殴った。
「うおぉぉっ!」
スーが拳一撃でぶち抜いた岩がカイの顔の側面を掠めて吹っ飛んでいった。
凄まじいパワーである。
カイは厚い岩に貫通した穴をみて口をあんぐりと開けた。
さっきの一撃で空いた拳ほどの大きさの穴から覗き込むと少女がへたりこんでいた。
「へ、平気.....なのか......?」
「えぇ…...。本当ならこれくらいの岩なんてすぐに壊せるのですが…...
その…...お腹が空いてしまいまして。もしあれば……よろしければ何か食べ物をお恵みくださいませんか?」
「あ、神父様がきっとお腹を空かせてるからって。サンドイッチを預かってきてるよ」
とレリエは小さな籠を差し出し先程スーがぶち抜いた岩穴からカイはサンドイッチを一つづつ手渡しする。
「ありがとうございます!!」
スーは目を輝かせて受け取り、小動物のように頬をふくらましてもぐもぐと咀嚼している。
たくさんあったサンドイッチは瞬く間に岩の向こう側へ消えていった。
謎の轟音もいつしか聞こえなくなった。
「ねぇ、もしかしてさっきの音って...…」
「言うな、レリ...…この事はオレたちだけの秘密だ」
と人差し指を立てた。
うら若き乙女が腹の音を洞窟中に響かせていたことを改めて指摘されたくないことくらい
女心に疎いカイでもわかる。
「フゥ~お腹が満たされて力も湧いてきましたよぉ~!
岩をどけるので、お二人とも、遠くに離れていてくださいねっ」
そういうとスーは拳を引いた。
「え~~~いっ!」
ドォォォオオオオオオン!
「「ええええええええ!?」」
カイとレリエは同時に息の合った声を上げた。
どうも迫力に欠ける、気が抜けるような掛け声から想像もつかない衝撃音と共に
彼らを隔てていた岩の壁が砕け散った。
空腹から回復したスーが自力で落盤を粉砕した後に3人は連れ立って村に戻ってきた。
「ほんっとうにご迷惑おかけしました、でも、ちゃんと務めは果たして来ましたので……
それにしてもお腹空いて動けなくなるなんてっ、うぅ恥ずかしいですぅ~」
「無事だったんだから、良かったじゃない、ね?」
「そうだな!!」
「安心したらまたお腹が空いてきちゃいましたぁ〜」
スーの晴れ晴れとした笑顔にミセリア村にも久しぶりに明るい笑い声が響いた。
その頃ナオヤは故郷いにしえの森、隠された天術士たちの村へ帰ってきていた。
ナオヤは一人、深く落ち窪んだかつて村があったはずの場所に佇んでいた。
「なんだ、これは…...どういうことなんだ…...」
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