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第7話 港町サーシャ
アドラステア王国は複数の島から成り立つ島国である。
王都がある最も大きい島へ渡る船に乗るため教会の村を発った二人は
馬車でサーシャという港町へやって来た。
そして二人は宿で思わぬ置き土産を知るのだった。
宿の女将は威圧感すら感じるほど二人のことをまじまじと訝しげに凝視した後に言い放った。
「もしかするとあんたが、カイって人かね?」
「......?記帳もしてないのに何故オレの名前を?」
「少し前にそれは格好いい若い騎士様が来てね、
同じ年頃の赤毛の男と愛らしい10歳前後の子が来たら渡してくれって荷物を預かってるんだよ。
赤毛なんて珍しいし旅には珍しい組み合わせだからね、ピンときたわよ」
女将は思い返して顔を赤らめている、本当に顔のいい男だったらしい。
「お兄様が…!?」
レリエがパッと嬉しそうに微笑んだ。
「そうそう、その男前の騎士さんが、親切に宿代も前払いしてってくれてるよ」
と包みを手渡してくれた。
部屋に通された二人はナオヤの置いていった包を開いた。
「何が入ってるんだ?宿代まで払っといてくれるなんてお前の兄貴はいいやつだな~!」
「うん......?寝間着みたい......あ、手紙が入ってる、こっちはカイ宛みたいだよ」
包みの中には二通の手紙。
それとレリエ用と思われるひらひらした男の子が着るには少々可憐すぎる寝巻きが入っていた。
兄貴の趣味全開でカイは少し引いていた。どういう置き土産だ?
「お前の兄貴ちょっと変だぞ......?」
前言撤回だ。
「兄様は僕に色々服を選んでくれるのが好きみたいなんだよね」
レリエはふりふりした寝間着をあまり気にした風もなく手紙をカイに手渡した。
厚みのある質の良い紙、シンプルだが薄紫の縁取りがついた上品な便箋だ。
ーー拝啓 カイ殿
時間もなく面倒なので挨拶や説明は省くこととする。
王都直通の船のチケットを手配してあるので同封したものを使われたし。
王都に着いたら......
ーー
レリエは久しぶりに見る兄からの手紙に顔を綻ばせていた。
丁寧に封を剥がし見慣れた兄の筆跡を追う。
村の様子は既に見て知っていることや、多忙で迎えに行けないことへの詫びや
レリエの身の安全や体調への気遣いなどがつらつらと綴られていた。
兄の無事を知ってようやくほっとした気持ちになった。
「早く会いたいな......カイの手紙にはなんて書いてあったの?」
素朴な疑問である。
兄は顔も知らない剣兄弟にどんな内容を書き記したのだろうかと。
カイは手紙の最後の文面に釘付けになっていて少し反応が遅れる。
「あ、あぁ、くれぐれもよろしく的な~、な!ほ~ら、船のチケットも取ってくれてるんだぜ、
ほーんと気が利くよな、お前の兄貴は、はは…...」
カイは部屋の壁に貼ってある暦をチラリと見た。
この町でのんびりはしていられない、早めの便でなるべく急ぐ必要があると思っていた。
「それより、寝巻きだったか?着の身着のままでここまで来たんだったよな。
よくよく考えたらナイスチョイスかもしれねーよな!
せっかくなんだし湯浴びて着替えて休んだらどうだ?」
服も洗濯して干しておけば船の時間までに乾きそうだ。
「うん、そうするね」
久しぶりの湯に布団、清潔な服、兄からの便り。
レリエもこれまでになく機嫌が良さそうに見える。
レリエが浴室へ向かうとカイは再び手紙を広げた。
ーー今月末に王都では武術大会が開催される予定である。
貴殿はそれに出場されたし。
その後のことは直接話すことにする。
くれぐれも弟を危険な目に遭わさぬよう
よろしくお頼み申し上げる。
追伸兄弟子殿 俺と闘う前に負けるような無様な姿は見たくはないな
ー
噂の整った顔とやらで挑発的に口角を上げる嫌味な姿が思い浮かぶような文面だ。
会ったこともないし顔も知らないけれど!
オレ、コイツとは馬が合わないかもしれない……。
プルプルと拳に力が入り、手紙を握りつぶしてしまいそうになった所で扉が開いた。
「お湯、お先にありがとね、カイも行ってきたら?」
「あ、あぁ、、」
男物の寝巻きにしてはやはり可愛らしいがすぎるが兄貴の見立てに狂いはないらしく
レリエのために誂えられたように自然に似合っていた。
しかし......この兄弟は少し変わっている。
カイは深く突っ込まないことにしそそくさと浴室へ向かった。
一人になるとレリエはベッドに仰向けになって、考えていた。
心地よい。
当たり前にお風呂に入って清潔な服に着替えて眠る。村の生活では当たり前だと思っていた。
今までの自分はなんて恵まれていたのだろう。
王都へ行って、兄に会って。
自分はそれからどうするのだろうか。
少し前の兄のように叔父の家で世話になることになるのか、それともまた兄と暮らせるのだろうか、
どちらにしてもそれで事件が解決するわけじゃないのだから。
村だけが突然陥没するなんて......普通では考えられない。
やっぱり両親は......一族はもう......?
漠然とした不安を抱えながらも、暖かな布団と肌触りの良い寝巻きのおかげで
レリエはいつのまにか深い眠りへと落ちていった。
翌朝二人は早速王都行きの船へと乗り込んだ。
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