第8話 海の上の攻防

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第8話 海の上の攻防

 王都行きの船は人以外に多くの積荷が運べるような大きく立派なもので 他に停泊している船と比べても数倍あるように見えた。 この国はいくつかの島で成り立っているため移動や流通に船は重要な役割を担っているのだ。 「それにしてもでっかい船だなー!さっすが王都行き! 食堂もあるし部屋には寝床まであるなんてなんだかワックワクしてくるぞ~!」  カイも船に乗るのは初めてなのだ。 でかい乗り物はいつの時代も漢(おとこ)のロマンだ。 キョロキョロしながらデッキを散策していると実に様々な旅行者が乗っているのに気がつく。 商人風の男や旅芸人の一行、 派手な衣装の男、貴族っぽい男、その後ろに付き従う大柄の従者。 あの神官風の後ろ姿は......? 「あーーーーっ!やっぱり、この船に乗ってらしたのですねぇ~~~~~!?」 見覚えのある元気な女の子だ。 「えーっと確か、ミセリアの。スーだったっけ?こんなところでまた会うなんて一体」 とカイは片手を上げて軽く挨拶をする。 「えぇ!ほっんと奇遇ですよねーーーーー! ワタクシ、実は大事なお手紙を王都の司祭様にお届けする使命を授かったのです~!」 と胸を張る。  本当はそんなに急ぎではなかったのだけど、 あの洞窟から帰ってきた後にカイが作った手料理の味といったらもう病みつきであった。 胃袋をギュッと鷲掴みにされたのだ。 彼が助けにきてくれたときに岩の隙間から見た空のような瞳の輝き。 初めて感じた胸の高鳴り。 教会に仕える身であると一度は見送ったができる事ならもう一度会いたい。 その一心でカイ達の事を文字通り全力で追いかけてきたのだった。 「僕たちここに着いたの昨日なんだけどスーちゃんはどうやってこんなに早く来れたの?」 「えへん、それはですね......」 「ここらの地理に詳しいとか?」 「いえいえ、それどころか滅多に村からでないので......恥ずかしながら村からここまでまーっすぐ来ました」 と両手を頬に添えて少し顔を赤らめた。 「は......?」  旅人用に簡単に整備された道を通るのが一般的には一番安全で最速だ。 道中寝泊まりできるあばら屋があることもあるし道には魔物避けの結界石も埋まっている。  スーはこれ見よがしに円の外周に沿っていくつも魔法石がはまった方位磁石を取り出して見せた。 見たところ魔法道具のようだ。  旅人用の高機能な磁石で方角を決めて魔力を込めると正確な進路へ進めるように、 方角に合った魔石が光るようになっている。 「これに従ってま~っすぐです!」 カイはミセリア村からサーシャ港へ地図の直線上をなぞってみた。 「道中森とか魔物がいそうな陰気な沼とかあっただろ......」 思えば洞窟でも随分タフだったがこんな脳筋な経路は森育ちのカイでも通ろうとは思わない。 「あちこち藪に引っかかったり~川で足を取られたりとぉ、少~し大変でしたけど 私、こうみえて結構根性があるんですぅ~」 と両手をぐっとしてにこにこしている。 結構どころではないし根性論でどうにかなるようなことか!?とカイは強く強く思った。 ふわっとした外見に反して とてつもないパワー系で有る事をカイとレリエは完全に理解した。 「スーちゃんは王都へ行ったことがあるの?」 「はい、教会がらみの用事だけなのであまり観光はしたことがないですけど、何度か。 城と街が外周を囲む大きな壁と海岸線に守られた強固な守りが自慢の都なんだそうですよ、 あ、神父様の受け売りですけどぉ。 とにかくな~んでもあってと~ても大きい街ですよ!」 王都の詳細な説明に対して最後の幼児並の感想のギャップがすごいが二人はもう既にツッコミが追いていなかった。 「しかしこれだけ船が大きいとあまり揺れねーのな。 のんびりしてるだけでいいなんてさ、どうにも落ち着かないぜ」  鳥の声を聞きながら快晴の空と深く青い海、遠くに目的の大陸が小さく見えている。 内心カイは焦っていた。 王都に着いたらナオヤが言う武術大会まで1週間もないのだから。 のんびり観光なんてしていられそうにもない。 デッキは広いことだし船の上でもできるような鍛錬でもするとするか。 (じいちゃんも基礎が大事だっていっつも言ってたもんな......) それぞれが自由に過ごし真夜中に事件は起こった。 ガガガガガゴゴッゴゴゴゴゴ・・・・・・・・! 大きな音と共に何かに乗り上げたように船が傾いた。 「何だっ何があったんだ!?」 客たちが寝ぼけ眼をこすり次々と部屋からデッキへ出てくる。 船員たちが船のデッキ前方に集まっていた。 「馬鹿な!航路には暗礁も浅瀬もないはずだぞ!?」 「航路はずれていないのですが何かが船の下にあるようなのです!」 「船長!!また揺れています!!」 「乗客のみなさ~ん!!部屋から出ないで、何かに捕まっていて下さい!!」 船長が大声で乗客に向けて注意を促す。 何か問題があったらしい。 カイは部屋の扉から顔を出してデッキを見ていたが慌てて扉を締める。 「うわっ......!!すごい揺れだ、気をつけろ!」 少しして揺れが収まった後デッキからは船員たちの怒号や悲鳴、何かがぶつかるような大きな音がしていた。 レリエが不安げにベッドの隅で小さくなっている、無理もない。 デッキではびたびたと何かがのたうっているようだ、海の魔物かもしれない。 船旅で魔物に襲われるなんて話は酒場でもよく聞く話だ。 じっとしていられなくなったカイは部屋を飛び出した。 「レリはここで待ってろ!!」  デッキでは見たこともない巨大なイカのような魔物が足を船首に巻きつけている。 何人もの船員達が負傷しており、 それを守るように大きな盾を持った短い黒髪の大男がその間に立ちふさがっていた。  後ろの人達を守る事で精一杯の防戦一方で、このままでは押されてしまう。 後方から船長っぽい人が砲撃を浴びせているがすぐに弾も尽きそうだ、 その上弾力のある触手に弾かれあまり効果がないようにみえた。  イカの長い触手が盾の男を狙っていた。 男は気づいているようだが後方のための守りを固めたまま避けるつもりがないようだった。 「危ねぇだろっ!!!」  すんでのところでカイの一太刀が触手の先を払う。 「どなたか存ぜぬが助太刀に感謝する」  盾の男が仰々しく言った。 先程の感触、普通に斬るだけでは剣も通らないほどの硬さだった。 剣の先に魔力を込めるとカイの剣は炎に包まれて煌々と暗がりのデッキが照らされた。 「焼きイカにしてやるぜ!」  触手は全部で10本ある。 次から次へとくる波状攻撃を避けながらでは、なかなか攻撃をすることができない。 負傷した船員たちが撤退したのを確認した盾の男は 「私が前線で攻撃の道筋を作る、戦えるものは指示をしたら切り込んでくれ!」  男は今まで本気では無かったのかのような余裕のある足さばきを見せ、大きな盾で 触手をいなしていた。 男が魔力を込めるとその盾から青いエネルギーの光が放射状に広がり、盾はますます大きくなった。 「おいおい、一体何者だ?余裕あんじゃねぇか......」 「今だ!!!」  男を信じてイカの懐へ飛び込む、触手は一斉にカイをめがけて襲ってくるが 盾の男が盾を回転させブレードのごとき鋭利さをもって触手を弾いた。 「おおぉーーー!」  炎をまとった剣はさっきと違って確実に刃が通る感覚があった。 それでも触手一本切り落とすまでにはいかなかった。 長期戦となると勝ち目はない。 だが盾の男はまったくもって冷静だ。 「私はデミトリアス、君の名は?」 「オレは、カイだ。どうする、このままじゃ......」 「あの魔物をよく見るんだ、触手で攻撃をしている最中でも  常に守っている場所があるだろう、そのあたりに核があるはずだ」 「わかった。あの核をぶち抜きゃいいんだな」  核とは魔物にとっていわば心臓である。 「引き続き私についてきてくれ」  頼もしい、何者かわからないが彼が船にいてくれてよかった。 いつのまにか船の船員や船長にまでも細かく指示を飛ばしている。 恐るべきリーダーシップだ。 「カイ、よく見るんだ!」  そう言いながらデミトリアスは込められた魔力で体より大きくなった盾を 盾とも思えぬような軽い扱いで振り回し またm、状況によってはどっしり構え、戦線に安定をもたらしている。 後方でカイは魔物の動きを集中して目で追っていた。 「目の下あたり、触手の付け根のところか・・・?」 「そうだ、私達でスキを作る、君が核を狙え」  その時、デミトリアスが一瞬何かに驚いたような顔をした。 魔力ではられていたシールドがいきなりぶ厚くなったようだ。 カイは再び先程と同じように魔力を込めた、途端剣から一瞬火柱がたち昇る。 「なんっ......!?」  先程と同じ程度の魔力を込めたつもりなのにこの魔力の増幅はなんだ? こういうことは実は少し前にもあった。 レリエと旅をしてからだ。 振り返るとレリエがすぐ近くに立っていた。 その背後では怪我をした人をスーが介抱していている。 「レリ、危ないから......」 「カイ、もうすぐ夜が明ける。時間が無いんだお願い、急いで......!」  強い意志を秘めたレリエの瞳がまっすぐカイを見つめている。 これまでになく凛々しい顔をしていた。 「カイ、今だ!!」  デミトリアスが叫ぶ、呑気にしゃべってる場合ではない。  カイは無我夢中でイカの懐へ飛び込んだ。 皆が援護してカイへの攻撃を防いでくれている一瞬に カイは全力で剣に魔力を込める、感じたことの無い熱さで 剣が震え刃が真っ赤に染まりあれほど硬く感じたイカの魔物に 剣は深く突き刺さった。 「やったか......」  体中から汗が吹き出す。 船の上から男たちの野太い歓声があがった。  イカはバタバタと触手を振り回す。それもだんだん弱くなり体の端から砂のように崩れてゆく。 最期のもがきでまだ消えてない触手の一本がカイ背を強かに打った。 「えっ......!うわあーーーーーーっ」  夜明けの薄い光にカイの体の形をした影が宙を舞う、このままでは海に真っ逆さまだ。 「「「カイっっ!!」」」 仲間達の悲鳴に近い呼び声が遠く聞こえた。  気が遠くなりかけた一瞬、強い力で腕を掴まれた。 派手なピンク色の頭をした男が必死の形相で両腕でカイの腕を掴んでいて なんとか船の縁からぶら下がる形となっていた。 「た......助かったぁ......」 「おい、お前、早く上がって来い!!おっ俺様は、こういうのは......柄ではないのだっ......!」  この派手なピンク頭の横からデミトリアスが現れて、手を貸してくれたおかげで どうにかデッキに上がることができた。  その後のことはあまり覚えていない。 船長達にしきりに感謝されたり、盾の男が何か言ってたり、心配したレリエが半泣きだったり、 同じく心配したスーに両肩をガクガクされてそれがトドメとなりすっかり意識を飛ばしてしまっていた。  目を覚ますともう昼に近い時間だった。 ベッドのサイドにスーとレリエが並んで心配そうに見下ろしていた。 「良かったぁ......目を覚まして。全然起きないから心配しちゃった......」 「そうですよぉ~本当に起きないものですからもう少しでお顔に水をかけてみるところでしたよ~」 本当に小脇に花瓶を抱えている。 「僕は止めたんだけどね......」  危なかった、後ちょっと目を覚ますのが遅かったら......絶対この子本気だったぞ。 「そういえばデミトリアスさんが後で部屋に来てほしいって仰ってましたよ」 「あーそうだったっけ......」  スーから聞いてた番号の船室の扉を叩くとすぐに昨夜の大男が出てきて部屋に招き入れてくれた。 後ろにはあの派手なピンク頭がいた。 「昨夜は助かった、礼を言おう」 「あんたのほうこそ、大活躍だったじゃないか、あんたが指図してくれなかったら オレも船のやつらもあんなの相手にできたかどうか......」  とカイが言い終わる前に 「そうだぞ、デミっちはすっごいやつなのだ!だがお主もよくやったぞ」  ピンク髪が偉そうに宣った。 「......えぇっと」  言葉を失ったカイを意に介さず彼は 「ソーちゃんと呼んでくれたまえ」  と仁王立ちで言い放った。 「こちらの方はとても身分の高いお方でして私は護衛をしておるのです」  どこかの貴族か何かか、良く見れば確かに高級そうな生地の服や耳飾りをしている。 「あのあと、デミトリアスさんがカイを部屋に運んでくれたんだよ」 と言うレリエ見てピンク頭は前のめりになった。 「それはどうも......」  またもカイが何か言う前にピンク頭はレリエの前に膝をつき顔をまじまじと見て言った。 「キミ、どこかで会ったかな?どこかで見覚えがあるような」 と首を捻っている。昨夜は暗くてはっきり顔が見えなかったが。 「いいえ、間違いなく初対面ですけど......」  まじまじと見つめるソーちゃん、とやらにレリエはたじたじとしている。 「そうか、キミみたいな可愛い子、一度あったら忘れるハズないからきっとそうなんだろうね。 いや~俺様って18歳以下は守備範囲外なんだけど、 もう少し大きくなったら俺様んとこに遊びに来て欲しいなぁ招待するからさぁ~......」 「ソーマ様、男の子ですよ」  突如ナンパを始めるピンク頭の後ろからデミトリアスが淡々と述べた。 「うそであろう!!!!うそであろう!!!!」 思わず2度も声を荒げた。 なんでわかるんだ!?という顔のカイとピンク頭がデミトリアスを同時に見た。 デミトリアスはそんな二人のリアクションを無視して続けた。 「昨夜のように”星の夜に自らの魔力を増幅させる術”というのを前にも見たことがあるのですよ。 この子の場合は周囲も巻き込んで魔力を底上げした、その上位版のようでしたが...... 6年ほど前にルナティックに狂った魔物の群れを退治するのに一役買った騎士の卵がいましてね。 流星群の夜でした、最大限に増幅した自身の魔力で魔物たちを破竹の勢いでなぎ倒していましたよ。」  レリエはハッとした顔でデミトリアスを見る。 「そうです、ナオヤ殿はあなたの兄上ですね」  レリエは相手を確かめるようにゆっくり頷いた。 「彼から弟君はもっとすごいと聞いたことがありました。味方の魔力を増幅させるとは。 ナオヤ殿と似た力をお持ちでしたのでもしやと思ったのです。」 一拍置いてピンク頭が大声を出した。 「なんだとーーーーーーーーーーーー! さっき俺様が言ったことは綺麗さっぱり忘れてくれたまえ。 ナオヤは怒らせたら本当に怖いのだ......頼む、さっきのは無しだ! そういえばどことなく似ているような気もするな......!!!」  迫真の様子でレリエに迫っている。 「僕の兄をご存知ということは騎士関係の方なんですか?」 「うむ......。ナオヤの弟君なら隠し立てすることもあるまいか? 改めて名乗ろう。俺様はソーマ!ナオヤの友だ」 「ソーマ様はアドラステア王国の第一王子です、一番大事なところがぬけておりますよ......。 そして私は王の近衛兵(ロイヤルガード)の一人。今はやむを得ず王子の護衛をしておりますが」 「俺様はちょっと社会勉強で国の様子などを見て回っていたのだ......思わぬ出会いだったなデミトリアス」 カイ達は話をする二人の顔を交互にみるばかりで口をはさむこともできず唖然としていた。 (一国の王子がこんな自由にぶらぶらしていていいのかよ!!!) 「そ......そそれで王子様やロイヤルガード様が何の話......なんです?」 カイは流石になれない敬語になっていた。 「かしこまるな、今まで通りで良い!」 「はぁ......」 「王子さまと出会ってしまうなんてすごいですぅ......」  後ろでおとなしくしていたスーがつぶやくように口を開いた。 スーに目線をやったソーマは目を輝かせた。 「あれあれ、君もかわいいじゃないか!磨けば光そうな......うん、原石っていうか。 素材がイイね、今度俺様んとこでするパーティでさぁ......」 「ソーマ様!」 「おっとすまぬ。それでデミっち何か話があったのだったな?」 「レリエ殿は本来なら村から出ることなどないと聞いておりました故...... 何かお困りでしたら力になれないかと思ったのです。」 「そうか、気持ちはありがたい。レリを兄貴と会わせてやりたいんだ。 でも、あいつ宿に書き置きなんて残しててさ、 オレに武術大会に出ろだのそこで会うなんて言ってるんだ。 だからとりあえず王都についたらその準備がしたいんだけど...... どうすれば大会に出れるか教えてもらえないか?」 「ナオヤ殿はあちこち飛び回っているようだが大会の日なら王都に戻っているに違いないな、うむ。 王都に着いたら大会の手続きできるよう紹介して差し上げよう」 「ほんとか、助かるよ!」 「船を降りる時また声をかけてくれ。 船の修繕で少し遅れたが夜には王都へ到着するそうだぞ、ゆっくり休むといい。」  カイ達が緊張のまま部屋を後にした。 「デミっちは会ったことがあるんだったな?ナオヤの両親に」 「えぇ、父君は昔ロイヤルガードをされていましてご指導を受けたこともあります。 母君とは一度だけお会いしましたよ、あの子供は、母君と本当に瓜二つですね」 「それは相当しとやかな美人なのだろうな、俺様もお目にかかりたいものだ......」 「あの方はしとやかとはかけ離れた......いえ、なんでもございません。」 「なんだ隠すな、たまには思い出話をきかせろ」  ソーマ王子とデミトリアスはナオヤの故郷に起こった事を知らぬまま 昔話に花を咲かせるうちに船は刻々と王都へと近づいていた。
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