第9話 王都アドラステア

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第9話 王都アドラステア

 王都アドラステアは海に沿った高い岸壁沿いにあり、 都の半周ほど海に面していてそれが強固な天然の要塞となっている海の都だ。  岸壁に近づくと一部が洞窟のように抉(えぐ)れてたようになっている。 港につくと、客や荷物は大きな昇降式の滑車に乗せられて地上へと運ばれる。  城は都のどこからでも見えるような高い位置にあり港からだとほど近い。 デミトリアスは城門で兵士と何か話をして、王子を送るよう指示すると、 大会の受付所まで三人を連れて必要な事を記入するのを手伝った。 その後、街の地図が掲示されている都の中心、大きな広場へと送り届けてくれた。  大きな円形の広場は外周に沿って食品店、道具屋、武器屋など一通りの 買い物がそろうようになっていて、中央には美しい人魚の装飾が施された シンボリックな噴水がある。  人が集まるこの場所では催し物や祭りが行われる事もあるらしい。 待ち合わせをする人、買い物をする人で賑わっており、活気にあふれている。 これまで見てきたどの街とも違う、洗練された空気と、どこか洒落た人々、 まさしく大都市だ。 「では、私はこれで失礼します。大会でのご活躍を楽しみにしております」 「何から何までご親切にありがとうございますぅ~!」 「いえいえ、みなさんに何かあってはナオヤ殿に合わす顔がありませんからね」 そうしてデミトリアスは城の方へ急いで立ち去って行った。 「あの盾の人、ロイヤルガードっつってたけど それって騎士とは別の組織で王の直属部隊なんだろ? ”ナオヤ殿”とかいって気にかけてたけどよ、 騎士よりもあの人のほうが立場は上なんじゃないのか」 「レリ君のお父様の後輩にあたると仰ってましたから、 盾の人もきっと恩義があるのではないでしょうか」  二人は早くもデミトリアスの名前を忘れつつあった。名前が長いせいだろう。 「お父様は、この街の出身で昔近衛兵(ロイヤルガード)だったんだ。もちろんその前は騎士だったんだ。 僕には昔の話を、あまりしてくれなかったから詳しいコトはわかんないけど。 たぶん、そうなのかもしれないね」 「しばらく王都にいることになるんだし早めに宿を探しに行こうぜ」  大会が近づいたの王都は普段以上の賑わいで旅行者と大会参加者で溢れている。 既に多くの宿屋は満室で何軒か梯子してようやく部屋がとれたものも、 スーを含めて3人一室の部屋になってしまった。  宿屋『羊の船』は少し他の宿よりも宿代が高いが その分綺麗で布団も過去最高にふかふかだ。 「悪いな、部屋を分けれなくて」 「いえいえ、お気になさらず!  この宿は大浴場があるので着替えとかもそちらでできそうですし、 大っきいお風呂がありみたいで……あぁ~~~楽しみですぅ」  潮風を浴びてちょうど体を流したいと思っていた所だ。 一般的な宿屋は部屋に簡易のシャワーか小さな湯船があるか無いかなので こういったところも流石都会だ。 「大浴場ってことは他の人も一緒に入浴するの?」 「そうだぞ、勿論男女別だけどな!レリも後でオレと一緒に行くか?」 「うぅん、僕は人が少ない時にゆっくり入るよ」 「そっか、じゃぁオレはちょっと外でひと汗を流してから行くことにするかな」 「うわ~船で戦った後だというのにすごい体力ですぅ!私はアドラステア支部の司祭様にお手紙を届ける大事な使命を果たしてきますね」 とスーは神官なのに騎士のように敬礼を見せると颯爽と部屋を出ていった。  カイはそわそわと、焦りを感じながら城へと急いでいた。 酒場で聞いた話によると大会参加者は城の訓練施設の一部の使用が許可されているらしい。 同じ目的で城に向かっている大会参加者らしき者達は誰しも強そうに見える。  カイも他の者達に負けじと眉を寄せて真剣な表情を浮かべて歩いていたその時のことだった。 「カイちゃん♪!!!!ねぇっカイちゃんじゃない!? ねぇねぇねぇどーしてここにいるのっ♪?ねぇ運命なのーー!??」  突然の真横から体当たりを受けてカイは流石によろめいた。 この甲高い声、このふざけた呼び方、カイは冷や汗をかいていた。 逃げよう。今すぐ逃げよう。思いっきり遠くへ!  がしっ。 蜘蛛のように少女はカイの体に両腕と両足を絡めて貼り付いた。 街の人達が不信なものを見る目で見ている。 「なっなんなんだよ、オマエは!オレは忙しぃんだ離せ!!!」 「ヤダ~もう照れないでよ、あたしとカイちゃんの仲なんだから♪ 今更恥ずかしがらなくってもいいじゃない? どうしてどうしてここにいるのぉ~?愛するジュリアちゃんの事、追いかけて来てくれたの?」 「馬っ鹿っそんなはずあるかよ、勘違いも大概にしろ!オレは急いでるんだ、オレにかまうな!」  人当たりは良いカイに出会い頭から邪険にされるような人物は珍しい。  明るいオレンジ寄りの茶髪、高い位置で括られたツインテールとうさぎのような赤い大きなタレ目、 背中に背負った羽のついたハープは吟遊詩人である彼女のトレードマークだ。c2df18c9-3a4c-4a16-919b-18b729e468c4  この少女の名はジュリア、見た目はスーと同じくらいの年頃で 吟遊詩人の師匠と国中を旅してあちこちで見聞きした 伝承や歴史を歌にして後世に伝えていくのだそうだ。  何度もカイの住んでいた街にもやって来ていてその度に 鈍感なカイにでもわかるほどの熱烈なアプローチを続けている。 その過激さにカイはどう対応していいかわからずそのたびにタジタジとしていたのだ。 「あっわかったー♪武術大会に出るんでしょー!」 「そーだ、だから離せ、オレは暇じゃねぇの!オマエの師匠はどうしたんだ?」 「夜には歌の仕事があるのに、酒場でべろんべろんになっちゃってるの♪困ったおししょー様でしょー?」 「じゃぁ戻って介抱してやれ」  カイがどこまでもつっけんどんな対応をしているのは決して嫌いだからではない、 とはいえ好意があるわけでもないが、 この積極的すぎる少女がどうしても苦手なのだった。 なぜ自分に好意を寄せてくれるのか全く検討もつかない。 人は理解できないモノを恐れるようにできているらしい。 「大会あたしも見に行くん♪がんばってね、ジュリアちゃん超超応援しちゃうんだから!」 「はいはい、じゃぁな」 「ばいば~い♪」  (やれやれ、いつもはしつこいのに意外とあっさり引き下がったな) だけど、見知らぬ土地で知りあいに合ったおかげか多少は緊張がほぐれた。 雑に扱ってしまった事にわずかな罪悪感を覚える。  城下町を抜けると段々畑のように一段ごとに城壁が設けられている。 手前の方には下級兵士の宿舎や訓練場があるのが見えた。 奥の層へ行くほど重要な食料庫や武器庫なんかがあったりするのだろうか。  暇そう(といったら悪いが)に突っ立っていた城門の兵士が話しかけて来た。 「さっきデミトリアス将軍が直々に連れてた坊やじゃねーか!何者だぁおめーは?」 「オレのこと覚えてるのか?」 「そりゃね、そんなことめったにないもの~。 それにそんな真っ赤な頭、王都広しといえどもなかなか見ないぜ!」 門塀はカイの赤い髪を指差す。 「そうか……?」  そんな事は初めて言われた。確かに自分ほどはっきりと赤い髪をしたの人は見かけない。 「まあいいや。鍛錬したいなら大会参加証は持って来たか? 訓練場で起きた怪我や事故は自己責任になるんだぜ!!」  門番は面倒になったのか急にモブキャラのごとく大会参加者向けに用意された定型文を言うと 手続きを手早く済まして門の中に入れてくれた。  ここからでも野太い男たちの怒声やうめき声が聞こえてくる。  準備された岩や障害物、標的などの出来物の道具を見てカイは 森は天然の訓練施設だと言ったラモウの言葉を思い出した。 子供の頃は自分の家がある森を不便で辺鄙(へんぴ)なとこに住んでる なんて思っていたが実はちゃんと意味があったのかもしれない。 「おや、若い坊主、どこの田舎からのこのこ出てきたんだ?」  通りすがりに血の気の多そうな男たちが絡んでくる。 年若く、軽装で剣一本で現れたカイはアーマーフル装備のむさい野郎達の中だと少し浮いている。 「いっちょ稽古つけてやろうべか?おのぼりさんよぉ」 大会を前に皆神経が高ぶっていてピリピリしたムードだ。 「いいのか?じゃぁ手合わせ頼む」 「なかなかいい度胸だべな坊主、怪我しても知らないべ~!?」  旅の間は魔物と戦うばかりだったので人間を相手にするのは久しぶりだからありがたい。  変な喋り方をする大男は最初試すように大ぶりで打ってきたが 素人でないことに気が付くとすぐに男は目つきを変えた。 「ははっすげーパワーだなおっさん、マトモに受けてたら腕がしびれちまいそうだ!」 「チョロチョロ逃げ回ってねぇで男なら男らしく正面からかかってくるべ~~!」 押しても引いても楽しそうに戦うカイにつられて 大男も次第にただ己の力同士をぶつけ合楽しさを思い出していた。 「ハァーーーいい汗かいた!さんきゅーおっさん!」 カイは額を流れ落ちる汗を拭った。 久しぶりに楽しく剣を振りまわしまくって気分が良い。  緊張も溶けて晴れ晴れした気分だった。 「なんなんだべ、お前……なかなかやるべぇ!」 対して疲れた様子もなく清々しそうにしているのカイを見て男も毒気が抜かれてしまった。 「おっさんも結構強いじゃん」 「どうだ、剣を交わした記念に後で飲みに行くべか!」 「おいまて、ワシと手合わせしてからだ!」 「おいおれが先だぞ!」  いつの間にかカイの周りには人が集まってきていて お互いにアドバイスし合ったりと随分と賑やかになっていた。 「今年の大会もおもしろくなりそうだ」  とそんな様子を少し離れた所で見ていた教官の男は1人呟いた。  スーは聖マクヴィス教会アドラステア支部へやってきていた。 ミセリア村のこぢんまりしたものと比べると建物も大きく 豪華なステンドグラスが極彩色の光で室内を彩っている。 「スーや、待たせたね。司教様も郵便で送れば良いものをわざわざ届けて貰ってすまないね」 「とんでもないですぅ、司教様が私のためにそうして下さったのだけなのですぅー」 「それはどういうことかね?」 「大司教様、会って間もないのにその人の事が気になって、 気になってじっとしてられなくなってしまったんですぅ、 こんなのはおかしいでしょうか?」 少し頬を染めた少女に目を細める。 若いっていいなぁ、キラキラしてるなぁ青春だなぁと思う大司教だが 表向き、立場に相応しい言葉を選んだ。 「いいえ、我らのマクヴィス様の教えには ”己の心の声に耳を傾けよ”という教えもありますからね。 スーが必要だと思うことならきっとそうなのですよ。自分の気持ちを大切にしなさい」 「はい、ありがたきお言葉、感謝致します」  ミセリアの司祭様も同じ事を言っていた。 教会に属していても聖書や教えに縛られて生きることはないのだよ、と送り出してくれた。  あのてらいのない彼の笑顔をあの暗い洞窟の隙間から見た時から、 スーは何かの魔法にでもかかってしまったような心地でいるのだ。  レリエを兄に送り届けたらカイの旅の目的は終わる事になる。 スーも今、名目上の目的を遂げたのだから村に帰るべきなのかもしれない。 だが、スーはまだこの旅を終わらせたいと思っていなかった。  それから大会までの数日の間、カイは訓練所に通い詰めて追い込みをかけた。 レリエはもう少しで兄に会えるというのに、少し元気がないようだった。 スーはレリエを元気づけようと街を散策に連れ出したりとそれぞれ自由に過ごしてた。  大会は城の敷地内にある闘技場で行われる。 ついにその日を迎え城門が開かれ、闘技場は人という人で大賑わいを見せていた。  とうとうナオヤという男、同じ師であるラモウから剣を学んだという男と相まみえる日が来たのだ。 もちろん、それはカイが勝ち上がったらの話だ。 カイはパチンと両手で頬を叩いて気を引き締しめた。 「いよいよだな」
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