第1話 旅のはじまり

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第1話 旅のはじまり

――むかしむかし、天高く空の彼方には、”永遠の楽園”と呼ばれた不思議な島が浮かんでいたというのです。14a35397-caa8-425f-b6a2-ed05fae42139    一人の青年が壁に貼られている様々な依頼書を唸りながらじっと見つめていた。 揺らめく炎のような赤いくせ毛と晴れた空のように青く澄んだ瞳が印象的な青年だ。 「なぁ、依頼ってほんとにこれだけなのかよ? 迷子犬の捜索に買い物の手伝い、子守り以外になんかないわけ? 魔物退治とかさ、たまにはドキワクするようなこう、冒険っぽいのはねぇのか?」  カウンターの向こうでヒゲを蓄えた大柄な男が溜息をついて、振り返った。 「カイ、こんな田舎街じゃぁ剣を振り回したいお前さん向けの仕事は少ないんだ。 わかっちゃいるだろう? 折角ラモウさんに鍛えて貰った剣の腕があるんだ。 こんな所で腐らすなんてもったいねぇ。 厨房の料理人に就職させられちまう前に、さっさとどこか大きな街へ出て行くことだな」 と無愛想に切り返した。  街の酒場には冒険者ギルドが併設されており、依頼が書かれた紙が壁に貼られてある。 依頼は日常の用事から魔物の討伐、要人の護衛、希少アイテムの採取等まで様々で、 危険な魔物の討伐など厳しい依頼ほど貰える報奨金は高い。 ギルドハンターとは自分が持つランクに合わせて依頼をこなし、その報酬で生活している者のことだ。 こうした依頼を受けて日銭を稼ぐのがカイの主な生活手段であった。 「またまた、そんなコト言ってさ、実は隠してる案件がいくつもあるってウワサだぜ~?」 カイに少年のような人懐こい笑顔を向けられても、 マスターはまるで動じる様子はない。 e3f80a47-ceed-4ca9-83f3-67f716a64b99 「そこに貼ってある依頼が全てではないのは事実だが、そういう特殊な案件ってのはな、 必要な時に、適した人物にしか依頼できない”ご指名案件”なのさ。 お前さんにも魔物の討伐があれば優先的に融通してやってるだろう。今はなーんにもねぇさ!」 マスターは手を振って帰れと追い払うような素振りをした。取り付く島もない。  魔物が人間を脅かすこの世界では、街の外壁に結界石という鉱石が埋め込まれている。 この結界石のおかげで多くの魔物は街に寄りつかないため、人間は安全に暮らすことができているのだ。 だが、結界石に守られていない街の外は魔物と戦う術を持たない者にとっては危険極まりない世界だ。 都心部なら護衛や討伐の依頼も多いが”リューン”は国の中心地である王都からは遠い田舎街、 実入りのいい仕事はめったにない。  カイは拾われて十三年ほどの間、ラモウとその妻リタという老夫婦のもと、 魔物の出現する”いにしえの森”の小さな小屋で、剣の腕を鍛えられながら暮らしていた。 数年前にリタの腰が悪くなってからは生活しやすいように森の近くの街リューンで暮らしている。  本当は外の世界へ旅立つ事に興味も憧れもある。 でも育ての恩がある年老いた二人をおいて街を出るのはとても気がかりなのだ。 「仕事がねぇなら、今日はリタ婆ちゃんの手伝いとか剣の稽古をして過ごすことにするか……」  リタ料理の腕前は見事なもので、その手腕はカイにもしっかりと受け継がれている。 彼女の手伝いをする日々で身についた家事スキルは今やすっかりカイの特技の一つとなっていた。 急に厨房で人出が足りないとあれば真っ先にカイに依頼が入るほどである。 「厨房に就職か……料理は好きだけどやっぱり、剣を振りてぇよなぁ」 ――いにしえの森  街外れ、いにしえの森には誰も、森で暮らしていたカイでさえ知らない、ある村が存在する。 厳重な結界の守りによって森の中に隠されたその村では、 魔力以外の特別な力を持つ一族が暮らしていた。  現代では子供のためのおとぎ話だとされているが、 ”ソラニア”という空の上に浮かぶといわれる島は実在している。  かつてソラニアで暮らした古代民族の末裔達の一族のひとつがこの村で、 その秘密を今も人知れず守りながら人目を避けて生きている  重厚な木組みの大きな屋敷の窓から空を見上げて子供がひとり、長いため息をついた。 この子供、レリエの細い薄茶の髪は暗い場所では濃い茶色に見えるが、 明るい光が当たると金の糸のようにも見えた。年齢の割には小柄で母親によく似た顔立ちの、 中性的で少女のように可憐な外見をしている。 十三歳の誕生日を迎える日だというのに溜息など吐いているのは、 誰よりも祝って欲しかった人がここにいないからだ。 「兄様……」  レリエの兄は王都で騎士をしている。 六年前に村を出て忙しい毎日を送りながらも、 レリエの誕生日には必ず帰ってきてくれていた。  大事なお仕事があるのだから仕方がない。 「仕方がないよね、でも……」  兄の方こそ残念に思っているに違いない。 兄にとってレリエは最愛の弟で、殆の物事の中での最優先事項であるはずだった。 そんなレリエの誕生日よりも優先すべき仕事とは、よほどの事があったのだろう。  最後に兄と会ったのは半年以上も前だっただろうか。 元気に過ごしているだろうか、怪我なんてしていなければいいのだけれど。 「会いたいなぁ……」  兄、ナオヤはすらりとした背格好で銀色に輝く長い髪と 強い意志を感じる切れ長の目元が涼し気な、人の目を引きつける容姿をしている 加えて誠実な性格と大人顔負けの剣術。兄は村の女の子達みんなの憧れの的だった。 欠点なんて何一つ無いように見える兄が自分にだけ見せる穏やかな笑顔を思い出そうとそっと目を閉じた、その時だった。  大きな地響きと共に突然ガクリ、と足元が大きく揺れた。 「じっ地震っ⁉」  部屋の扉が乱暴に開き、大慌ての女性が飛び込んできた。 「レリエ坊っちゃんご無事ですか⁉」  長い黒髪を後ろの高い位置でまとめた鋭い眼差しの女性、名はスミレという。 彼女はナオヤの苛烈な鍛錬について来れる数少ない一人でよく共に稽古をしていた兄の幼馴染だ。 「スミレさんっこれって……どうなってるの……⁉」  揺れはどんどん激しくなり天井のランプは一層激しゆれ、本棚が勢いよくレリエの方へと倒れてくる。 それより一瞬早くスミレはレリエの体を抱きかかえて窓から飛び出した。 村の長の次男であり、特別な力の継承者であるレリエのお守りをするのがスミレの努め。 いつ何が起ころうと彼の身の安全を守ることが彼女にとって命よりも大事な使命だった。 ナオヤ村にいない間、必ず守ると約束した。 立っていられないほど揺れが激しくなる中、。  村を囲うように岩が地面から突き上がってくるのが見えた。 否。岩が突き上がっているのではない、地面が落ちていっているのだ。 村人達の戸惑い叫ぶ声をかき消す轟音を伴って。 「地震にしては何かおかしい……地面が沈んでいるんだわ‼」  周囲の森をそのまま残し結界に囲まれた村だけが急速に暗い地の底へ陥没してゆく。 視界が奪われて行くに連れ、レリエは感じたことのない恐怖と混乱でスミレにしがみつき、ただ震えていた。 激しい揺れで全てが崩れていく大きな音で何も聞こえず、何も考える事ができなかった。 ふと顔を上げるといつのまにか両親が側にいてスミレと何か話していて、 母がレリエに微笑んだように見えた。悲しそうに。気の強い母のこんな顔は見た事がない。 父は無事だろうか……。 ガクン、大きな揺れと共に一層大地は沈み凸凹と隆起していく。 人々の絶叫があちらこちらで響いている。  もう何も見えない。もの凄い速さで落ちて行く感覚がする。 わかってもこんな事は誰にも、どうすることもできない。 どこかで父が大声で何かを言っていて、だけどそれを聞き取ることはできなかった。 感じられるのはスミレの両腕に包まれてる感覚だけ。 途端に、胃液が逆流しそうなほどの浮遊感に襲われ、スミレの声が耳元で聞こえた。 「どうかご無事で……」 ひどい耳鳴りで、次第に周囲の音が聞こえなくなり、スミレの腕のぬくもりも消えてしまった。 そして、あまりにも静かな暗闇。 ………………………………………………………………  再び急激な浮遊感に襲われ吐き気をこらえた。 気がつくとレリエは見知らぬ石畳にかがみ込んでいた。日の光の眩しさに目を細める。 どこかの街のようだった。レリエはスミレの魔術で近くの街へ空間転移(テレポート)してきたらしい。 さっきの地震なんてまるでなかったかように街は平和そのものだった。  レリエは頭の中はまだ、つい先程起きた事を上手く処理できずに混乱の真っ只中だった。 何が起きて村はどうなったのか。 父は、母は、スミレや村の皆は。ここはどこなのかも、 何一つわからない。  でも、スミレや家族は命をかけてあの混乱の中から自分を逃してくれたのだ。 めそめそしていている場合ではないのだと自分に言い聞かせた。 立ち上がって一歩踏み出した時、どんっという衝撃を受けてレリエは尻もちをついた。 「おっと悪い! 前、よく見てなかった‼」  男の人の明るい声と共に、節くれた大きな手が目の前に差し出される。兄と同じ、剣ダコだ。 「あれ~? 見たこと無い顔だな。旅行者か何かか?顔色が悪いけど大丈夫か?」  青年は首をかしげた。真っ赤な毛が太陽に透けて揺れていた。 空を映したような青い瞳がレリエを覗き込んでいる 年頃や背格好は兄と同じくらいだろうか。 人が良さそうに笑うその人の顔を見ていると次第に感情を押さえることができなくなっていた。 「おっおいおい‼ 悪かったって! なぁ、泣くなよ。どっか怪我でもしたのか?」 「うぅっ……違うんです、ごめんなさいっ……僕……ひっく……」  あわあわとうろたえる青年を背に、慌てて立ち去ろうとすると強い力で腕を掴まれた。 「待てよ、お前さては迷子だな⁉ ちゃんとオレが連れを探してやるから泣くなよ」  もしギルドで捜索依頼がでてたなら報酬も手に入るし一石二鳥だ、とカイは心中にやりとほくそ笑んだ。 レリエは困惑したままその手を振りほどけずにいた。 「そこ、オレん家なんだ、まぁ入ってくれよ」  と男はすぐ横に建っている民家を指差した。 村という安全で狭い鳥かごのような世界から初めて放り出されたレリエには、 村の外の世界は本や話で聞いていた事しか知らず、何もわからない。 だけど、知らない人に着いて行って家に入るなどという行為は危険な事に思えた。 (でも、この人は、怖くない。)  情報を集めるためには必要なんだと心のなかで言い聞かせ、レリエは頷いた。 「リタばぁちゃん、ただいま~」 長い白髪の老婆が振り向いた。カイの育て親の一人、リタだ。 「おかえり、カイ。早かったじゃないの、今日も仕事がなかったのかい? 本腰入れて酒場で料理番をさせて貰ったらどうかしらねぇ」 とため息をついた。 「そう言うなって。ほら、ばあちゃんお客さんだよ」 「あらあら可愛らしいお客さん、街の子……じゃないわよねぇ」 リタは嬉しそうに顔を綻ばせた。 「あのぅ……」  戸惑う子供が何か返そうとしていたがリタの話が長びく前にと、カイはまくしたてるように言った。 「ほらほら。ばあちゃんはこれから腰の容態見て貰いに行かなきゃだろ。予約の時間に遅れたらまた後回しになっちまうぜ」 「あら、いけない。爺さんが裏に居るけど、カイ、留守は頼んだよ」 そう言って 「ごめんな、ばあちゃん子供が大好きだから絡みたがるんだよ。さっきはぶつかって悪かった、まぁ座りな」 とカイは椅子をすすめた。 「いえ、僕のほうこそ前を見ていなくてごめんなさい……」 「オレはカイ。で、オマエは? 誰を探してるんだ?」 「僕はレリエといいます……ここはなんていう街ですか?」dffa1978-d975-4b58-bd48-a0e62be802dc 「リューン。つまんね~田舎町だけど、オマエも旅人なら誰かと一緒に来たんだろ?」  こんな島国の辺境にわざわざやって来ておいて街の名前も知らないというのはどういうことだろうか。 「リューン……確か森の側にある街.……。 それだったら、ラモウ師……ラモウさんという方はご存知ですか?」  ラモウという言葉にカイは目を大きく見開いた。 「じいちゃんの知り合いなのか!?」 「えぇ……? あの……」  じいちゃんという言葉にレリエも驚いた様子だ。 「ラモウ様はカイさんの……その……おじいさまなんですか?」  この年頃の子供にしてはかなり丁寧な物言いにカイは軽く衝撃を受けた。 ひと目見た時から仕立ての良い服を着ていたし良いとこの子だろうという印象はあったが。 「血は繋がってねーけど、オレを育ててくれたじいちゃんだ。ちょっと待ってな」  カイは裏口へ毎日恒例の朝の体操をしているラモウを呼びに行った。 「おい、じいちゃん、じいちゃん‼大変だぞ、じいちゃん‼‼‼おーーい‼」  近頃耳が遠くなってきたラモウは時に何度も大声で叫ばないと気づかない事が増えてきた。 「なぁ!なんかじいちゃんの知り合いっぽい子が迷子らしいんだけど‼」 「は?なんじゃい、朝から騒々しいのぉ」  一度は振り返ったが、また何も聞こえなかったかのように体操に戻ってしまった。 背中には老いた今でもしっかりとした筋肉が主張していて、まだ剣は振れると言わんばかりだ。 「だーかーらー‼迷子がーーじいちゃんのーー‼ ……あぁ~もうっいいから来いよ、あと服も着ろ‼」  埒があかないので強引に引っ張っていくことにする。 「なんじゃ朝飯ならもう食べとるわい……」  レリエとラモウの二人の目が合った途端、剣呑だったラモウの目つきが変わった。 「これはこれは。レリエ坊っちゃん……ご無沙汰しておりますじゃ」  ラモウは突然畏まった挨拶をする。 少年がたった一人でこの街に居ることでラモウは瞬時に“あの村”あの村に何かが起きたことを悟った。 彼はここに居てはいけない。そんなことが起こってはいけなかった。 「ラモウ様……」 知った人の声にレリエの目が再び潤む。 「え......! 坊っちゃんて⁉ 男の子?? いや、 そんなことより、どういう関係なんだよ! 説明してくれよじいちゃん!」  カイは早口でまくし立てながら頭を抱えた。 脳内の処理能力が少々低めであるカイは混乱していた。 「数年前まで、ワシがお前以外にもうひとりだけ弟子を持っておったのを覚えておるか?」  まだ森に住んでいた頃のことだ。 ラモウは週に一度カイ以外のもうひとりの弟子とやらの所へ足繁く出かけていた。 どこへ行くのか、それが誰なのかも、何度聞いても詳しい事は結局何も教えてくれなかった。 すっかり忘れていたがそれをなぜ今……? 絶賛混乱中のカイとは対象的にさっきよりずっと落ち着いたように見える少年が説明してくれた。 「ラモウ様は、僕の兄の剣のお師匠様なんです」 「レリエ坊っちゃんがここにいらっしゃるということは、村に何かあったのですな?」  剣を握った時にしか見せない真剣なラモウの口調にカイもただ事ではないのだと察する。レリエは頷いた。 「兄に早く知らせなくては……でも僕、どうすればいいのかわからなくて……」  深刻そうな話をする二人に口を挟める空気ではなく、色々と気になることはあるもののカイはとりあえず黙って話を聞いていた。 「大丈夫ですじゃ……ナオヤ殿のところへはこの必ずこのカイがお連れしますからのぉ」  唐突に白羽の矢を立てられてカイは飛び上がるように立ち上がった。 「は、なんだって⁉⁉ 何勝手に話進めてんだよ、じいちゃん! そりゃ連れを探してやるとは言ったけどよ……お、お連れする? とか、突然過ぎんだろ⁉」  驚きの大行列である。 「わしも、もう年じゃからのぉ、有事の時にはお前にと。こういう約束をしとったんじゃよ」  ラモウは飄々と言った。 「聞いてねーっての、勝手に人の名前使いやがって……どういう約束なんだよそれ!」  突然過ぎて怒る気にもならない。 「じゃから、坊っちゃんの村に万が一の事があれば 村の人が転移魔法(テレポート)でここへ送ってくるから坊っちゃんをお守りするようにと。 坊っちゃんのお父上とのだいーじな約束があるんじゃよ」  当然のように言ってくるがどうして勝手な約束を知らない間にしているんだ。 「おい、普通そういうのは本人の許可とか意思の確認が必要ってもんだろうが」 「ちょっと待っとれ」  カイの言い分を華麗に流してラモウは奥の部屋へ入っていった。 「カイさん……ごめんなさい、突然、こんな……ご迷惑ですよね…… 何も聞いていなかったみたいなのに。僕は兄のいる王都へ行ければ大丈夫ですから。 ギルドへ行けば色々な依頼ができると聞いた事があります」  申し訳なさそうに見上げる小動物のようなレリエを見ているといたたまれない気持ちになる。 こんな顔を見せられて放っておけるワケがない。 「……別に、迷惑じゃねーよ」  ラモウの勝手な約束には正直腹が立つが、それとこれとは関係ない。 世界中で一人ぼっちになったみたいな顔をした寂しそうな子供を前にして、 今更、出会った事や知ってしまった事を無かったことにはできそうになかった。 「いいんだ。オレもこの街からは遅かれ早かれ……いつかは出るつもりだったんだ」  かなり酷い目にあったらしいという状況だというのにこちらの事まで気遣うレリエの、 幼く見える外見と大人びた思考の差には驚かされる。 レリエが口を開こうとするその前にラモウが古ぼけた封筒を持って戻ってきた。 「ホレ、これを見るんじゃ」  カイは溜息を吐きつつ封筒を受け取ると、中に入っている丁寧に畳まれた紙を取り出した。 紙はギルドでよく見る依頼書と同じだが、随分古ぼけていてところどころ茶色く変色していた。  依頼文は『王都へレリエの護衛』とあり、 報酬欄には王都までの護衛にしては十分すぎる金額が提示されていた。 依頼達成の基準欄には〝必ずナオヤ(兄)または叔父に引き渡すこと〟という注意書きが書かれている。 「これは兄上のナオヤ殿が王都へ出仕することになった時にシンヤ様、 つまり坊っちゃんの父上とナオヤ殿が準備なさった事なんじゃ」  レリエは表情もなく黙って話を聞いている。 「お前もいい機会じゃ。こんな何もない町から出て行くんじゃ。 田舎でブラブラのらりくらりと過ごすためにお前にワシの剣の全てを教えたのではないぞ」  ラモウは推し量るように目を細めてカイを見つめた。 「みくびるなよ、こんな紙切れなんてなくたって オレはこの子を王都へ連れていくつもりだぜ!」 出会った時に言った言葉に嘘はない。 もう乗りかかった船だ。こんな状態で放り出す事なんて今更出来はしない。  年老いた二人を街に残すのは心配だけど、カイが何もなさずに街にいることを望んでいないことくらい、本当は分かっている。 「そうかい、それならイイんじゃ。ほいじゃ〝こ~んな紙切れ〟はもういらんのぉ」  ラモウは依頼書を破ろうとする素振りをした。 「待て待て待てーーー‼だからって本当に破こうとしてんじゃねぇよこんのバカじじぃっ‼」 「冗談じゃよ、大事な依頼書を破いたりするもんか。バカ坊主」 「こんな時にふざけるなーーー!」 「ホレ早くギルドへ行くんじゃ」  二人のやり取りにレリエがくすりと笑った。 「そーいうことだから。オマエもオレでいいよな?」  レリエは何か言おうとしたが、その代わりに深く頷き頭を下げた。  それからカイはレリエを家に待たせギルドへ向かい、詳しい依頼の説明を聞いた。 報酬金とは別に用意されていたという〝支度金〟を受け取った。 随分な重みだ、それだけの責任が伸し掛かっているように感じて身震いをした。 マスターもいつになく真剣な顔をしていたし単なる護衛ではすまなさそうな予感がする。  助けたいと決めた。だから、そうする。 小難しい理由も、気高い動機なんてものも必要ない。 カイの思考回路はすこぶる単純に出来ているのだ。  旅に必要な薬草や携帯食料などを買い揃えて家へ帰るとリタが既に帰宅していた。 「カイ、これを持っていきなさい」  と言いながらばあちゃんが調理場から戻ってくる。 その片手にはなんとギラギラと光る包丁を携えて。 にこやかに、抜き身の包丁をほらどうぞとカイへ差し出している。 今まで無表情だったレリエも明らかにぎょっとしている。 一体どこの世界に餞別の品に包丁を選ぶ奴がいるのだろうか。もうちょっと何かなかったのか? 「これは昔ダンジョンでラモウが見つけたオリハルコンの包丁なの♡ 硬い骨も容易く断つことができて、料理はもちろんの事、きっと旅の役にたつわよ」  簡単に市場で買ってきたようなノリで遺跡(ダンジョン)で見つけてきた、なんて言うが、 オリハルコンなどという希少な材質でできた武具は……武具という分類なのか謎だが、 超古代文明の遺物である遺跡(ダンジョン)の最奥にしか落ちていないような超貴重なアイテムだ。 あのラモウ爺さんはああみえて昔は英雄と呼ばれる程の手練だったらしいから、そんな思い出もあるのだろう。 「ずっと大事にしてきた包丁だろ?こんなの貰えないよ」 「ええ、素晴らしい包丁よ、でも街の生活には普通の包丁で十分だからねぇ。 カイに持っていてほしいのよ、離れても私達の事を思い出してほしいの」  そんなことは当然だ。血の繋がりなんて無くともオレ達は家族だ。忘れるわけがない。 「……わかったよ。ありがとう、ばあちゃん。オレ、これで料理したり、ま~時には魔物を倒したりするかもしれねぇ。 とにかく、大切にする。オレが帰ってくるまで、元気でいてくれよな」  街の入り口でカイとレリエはかれこれ小一時間ぼーっと立っていた。 「もうすぐのハズなんだけどな」  とカイは広場に見える時計を確認する。 「あの、何を待っているんですか?」  カイが色々話しかけても押し黙っていたレリエがようやく口を開いた。 「郵便馬車だよ。歩いていくには遠いからな、こんな辺鄙な街に馬車の定期便はこねぇ。 代わりに荷物や手紙を運んでくる郵便馬車に近くの街まで乗せてってもらうんだ。お、ようやく来たか」 郵便屋の男は賃金を受け取ると配達が終わるまで待つように言った。 リューンは島国の端にあり、王都へ行くには街間を定期的に走る郵便馬車を乗り継いだり、徒歩、 時には野宿をし長い道のりを目指すことになる。  港がある街で船に乗れば比較的楽に行けるだろうが天候や魔物の出現具合によっては一般客を運行することができないことある。 そうなると陸路で行く可能性も視野にいれる必要がある。  カイはまだ王都までは行ったことはない。 せいぜい近隣の村や街に仕事を探しに行くくらいのものだった。不安が無いといえば嘘になる。 でも、レリエの抱えている不安のほうがきっとずっと計り知れない。 オレがしっかりしなくては。 この日のカイにはこの旅がどれほど長い道のりとなるのか、 どんな出会いが待っているのか何一つ知る由もなかった。
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