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雪ちゃんは、部屋でひとりになった後、少し昔のことを思い出していました。
戦争直後。おばあちゃんこと、梅江さんと出会いました。お見合い結婚です。2度ほど挨拶程度のお付き合いをした後、結婚する事になりました。
梅江さんは、よく笑う人でした。(怒ると怖いけど)
戦後、何もかも不足していた時代。
配給米の頃、大根や芋などを混ぜて量を出しますが十分ではありません。
それでも、あの笑顔に暗くならずにどんなけ助けられたことか。
やがて私は雪生さんから、雪ちゃんと呼ばれるようになり、
梅江さんを、梅ちゃんと呼ぶようになりました。
そして、桔平が生まれます。秋の七草、桔梗の花が綺麗に咲き誇っていた日でした。
大きなカブはなかったが、大きなスイカをもらった時は、嬉しかったな。
戦時中はスイカ、メロンなどの不要不急作物の作付けが禁止されとりましたので、戦争後もそんなすぐには食べられんかったんです。
まだやっと歯が生えた小さな桔平も喜んで食べていました。
それを見て、梅ちゃんがいつも以上に笑い。
またそれを見て、雪ちゃんもあったかくなって笑いました。
大きなカブに負けない、抜いても抜けない、大きな幸せがそこにはありました。
物もお金もない時代。
一緒になんでもやりました。
どうしても困り果てた時、農家を廻り歩いて野菜をほんの少しずつでも、ただ同然で分けてもらい、売りに行った事もありました。
梅ちゃんが貰った古着を活用して。桔平の服を作ってくれます。
雪ちゃんも、監視官の試験を受け合格し府庁まで通う事になりました。
闇市の取締りです。誰もが闇市のお世話になっている時代、苦しく嫌な仕事でした。ただ、物流の大元、権力者にまで操作が及ぶと、圧力がきてすぐに取締は廃止。雪ちゃんは、その後は警察の中に組み込まれ、1巡査として働くようになりました。
勤務体系は変則的です、朝入って、次の日の朝に引き継ぎをして終わるんですが、この、引き継ぎが曲者で、なんと夕方までかかる時も……
そんな時は、桔平を抱いて、梅ちゃんが職場まで迎えに来てくれることがありました。
春風に桜の花が舞うと、一緒に見たかったと言い。
夏の夕日には、一緒に手を繋ぎたかったと言い。
鈴虫の鳴く頃には、一緒に目を瞑って聴きたかったと言い。
雪が降れば、足跡を並べてみたかったと言い。
雨が降れば、傘を持って迎えにも来てくれたもんです。
今みたいにすぐ傘なんて買えんかったんで。
濡れるし、桔平にも悪いからと言っとったんですが、
……ただ、笑っていました。
「……梅ちゃん」
そのうち、あの世からまた迎えにきてくれるやろか?
でも、それまでは、まだまだ、夏生と芽生の面倒見てあげんとあかんようや。桔平の仕事も、全然安心できへんし。
というわけで、寂しいかもしれんけど、お迎えはもうちょっと先でお願いします。
仏壇の遺影を見ながら、
「チーン」
と鐘を鳴らしました。
「梅ちゃん」
「……」
返事はありません。
今更、寂しいとは……
今更……
『雪ちゃん』と言う声は、もう聞けんのやな。
梅ちゃんの遺影は笑っています。
「……梅ちゃん」
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