2.天にミスなどない!

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2.天にミスなどない!

「手違いだと?」  ショートの茶髪と銀の眼帯、そして天軍の所属を表す白い軍服の女性──リファエルは、切れ長の片目を吊り上げた。  天にしかない碧石で作られた、天軍153部隊の詰め所。シュリムエルは少女を客室へ待たせ、上官であるリファエルに事態を報告していた。天使の念話で報告すべき一大事だが、他の天使に気取られるのはマズい。 「そうとしか考えられません。両親は即死で、すでに天へ迎えておりますが、アメリアという少女は無傷です。彼女の魂を連れてきてしまっている今、地上での彼女は昏睡状態にあるでしょう。現在、我々は彼女の生殺与奪を意図せず握っていることになります」  眉間を押さえたリファエルから、「査定部のやつらめ……」と呻きが漏れる。天には怒りなどのマイナス感情がないとされているが、〝呆れ〟は明言されていないのでセーフだろう。  昔はあらゆる業務をこなした天使も、人間の人口増加に伴い、分業を余儀なくされた。余命が近い者を〝査定部〟と呼ばれる部署の天使らが精査し、主の名の下に、個人名と死因を記した指令書を発行する。実働部隊はその指令に基づき、生物としての死を迎える時刻ぴったりに赴き、善き魂が迷わず天の国へ行けるよう導くのだ。  その務めは、細分化された天軍の特殊部隊にあたる153部隊においても例外ではない。『戦士である前に、天使であれ』。主が全天使に向けて放ったこの鉄則に従い、シュリムエルらは戦闘訓練と並行して、日々、人の子らを導く業務にあたっている。  指令書は、主の名において発行される神の命だ。その正しさは絶対でなければいけない。たとえ査定に手違いがあったとしても、現場が指令書に背くわけにはいかないのだ。  そして、主は遠い昔にこう仰った。『汝、殺すなかれ』。力や戦いは正しさのためにのみ行使されるべきものであり、それ以外の理由で何者かを傷つけることは悪魔の所業である。  たとえば──天の手違いで、幼い少女を殺してしまうことも。  査定部の者たちは正確無比で有名だが、今回はサボった愚か者がいたようだ。  とはいえ、少女を連れてきたのはシュリムエルである。彼の覚悟は決まっていた。 「私の失態です。ただちに、査定部と主へ──」 「よせ、シュリムエル。お前は任務を遂行した。罰を受けるいわれはない。かといって、主の名が入った指令書を事後に覆すなどありえん」  リファエルは立ち上がり、司令室の窓から天を見た。主の光に照らされた、健やかな空が広がっている。  シュリムエルは、自身の役割が現場のエージェントであり、政治に向いていないことを自覚している。リファエルがなにを考えているかは、予測がつかなかった。 「…………すぞ」 「はっ……今、なんと?」 「もみ消すぞ。この件を」  ──堕ちるぞ、あんた。  ツッコミが喉までせり上がった。とても天使の発言ではない。  だが、それは上官も承知のうえだろう。リファエルを戦闘狂と揶揄する輩もいるが、彼女は聡明な司令官だ。言葉の意味くらい、わかっている。 「幸い、査定部は少女のステータスを指定しなかった。これを、査定部の真のミスとしろ。我々は緊急時の措置として、少女を暫定的に聖人指定し、主へ一時的な扱いを上申する」 「つまり……アメリアを天の〝国賓〟に仕立てると?」  天使は、潜在的に神性を宿しながら奇跡を発現せず死に至った者へ、手助けをすることがある。  一度限りの蘇生、ないし霊体の可視化などであり、また天への招聘だ。  聖人の卵が天へ招かれた場合、豪盛なもてなしを通じて彼ら彼女らの神性が見極められる。待遇に対する反応を調べ、主のお言葉を託すにふさわしいと判断されれば蘇生。天使らのお眼鏡に敵わなかった場合は、そのまま死者として天へ迎えられる。  いわば、魂の身辺調査。リファエルはこれを利用し、『天に手違いはなかった』とするつもりらしい。  明らかな権謀だが、天の絶対性が揺らぐよりマシだとシュリムエルは思った。 「シュリムエル。お前の任務は三つだ。一つ、天使の介入によって少女アメリアを悲しませないこと。二つ、アメリアに離別の念を意識させないこと。三つ、アメリアに真相を悟らせぬまま地上へ返すことだ。一つでも誤れば、それは天の──すなわち主の間違いとなる。いいな?」  シュリムエルは、大柄な肉体を真っ直ぐに張ってうなずいた。 「すぐにブリーフィングを始めるぞ。153部隊で計画を立案する。シュリムエル、お前は少女のエスコートだ。アメリアを盛大にもてなし、『天のご利用、誠にありがとうございました』ということでお帰りいただくぞ……!」  子ども騙しだ、とシュリムエルは思った。本当に幼い少女を騙すのだから、最低な天使どもである。  しかし、ほかに道はない。  シュリムエルは上官の部屋を飛び出すと、十字形のクッキーやらなにやらを食堂からかき集め、客室へと駆けた──。
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