3.少女接待オペレーション

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3.少女接待オペレーション

 自分たちの姑息な企てなど、主はお見通しだろう。却下されてもおかしくない。  ──と思っていたのだが、153部隊が立案した第一級おもてなし作戦は、異例の速さで主に承認された。 「シュリムエルさん、腕がおっきいね! お父さんみたい!」 「ハルマゲドンのために鍛えているからね。そこらの悪魔や悪霊なら、俺の上官が開発したエンジェルCQCで秒殺だよ」 「すごーい!」  シュリムエルは、今にもはち切れそうな礼装に身を包み、少女とともにペガサスへ騎乗していた。待てど暮らせどハルマゲドンは来ず、彼の鋼鉄のような筋肉も使いみちがないと思われたが、良いつかみになったようだ。 『シュリムエルの筋肉が少女の懐柔に成功。総員、訓練の成果を見せろ。絶対に少女を泣かせるな。ここが我々のハルマゲドンだと思え……!』  頭の中に響いたリファエルのシュールな指示に、シュリムエルも念話で同意する。他の精鋭天使たちも、一人の少女を喜ばせるためだけに部隊の総力を結集させていることだろう。  筋書きはこうだ。  まず、シュリムエルの筋肉と、もっふもふなペガサスで少女の心をつかむ。次に、天使になる体験をさせ、天国の祭りでさらに盛り上げ、最後は主に謁見してからハッピーエンドでお帰りいただく。  上官いわく、『地上の〝夢の国〟を超えろ』とのことだ。 「お兄さん。わたし、本当に神さまに招待されたの?」 「ああ、そうだよ。俺たちは君の信仰を嬉しく思い、天を見てほしいと思ったんだ。その証拠に──ほら、ルークも喜んでいる」  シュリムエルが名を呼ぶと、二人を乗せて宙を泳ぐペガサスがいなないた。  体長と同じくらい大きな翼と、一片の汚れも感じさせない純白の毛を持つ聖馬。天に迎えられ幻獣となった、稀有な動物の一頭である。 「お馬さんも、天国に行けるんだね」 「もちろんさ。主は、すべての動物を救うと宣言なさったからね」 『少女が聖都上空に接近。皆、警戒を怠るな』  リファエルの念話が指示を告げる。やがて地上へ降りていくとされる新しいエルサレムは、便宜的に聖都と呼ばれており、天使にすら真の名は知らされていなかった。まだ考案中なのかもしれない。  シュリムエルは、少女が恐れを抱かないようしっかりと支えながら、両脇を飛ぶ153部隊の天使たちと視線を交わした。  天に敵はいない。リファエルが警戒を促しているのは、少女の両親についてだ。  天国に離別はない──ということになっている。少なくとも、全員が霊体であれば。  だが、両親が天に召され、アメリアが生きている以上、矛盾が発生する可能性はゼロではない。主の計画とルールは、絶妙なバランスのうえに成り立っている。これ以上のイレギュラーは避けねばならない。  と。シュリムエルは、少女の発言を思い出した。  ──シュリムエルさん、腕がおっきいね! お父さんみたい!  脳裏に不安がよぎる。  アメリアの父、ロジャー・ウェルズを天へ連れて来たのは、シュリムエルではない。  だが、情報によれば、ロジャーの職業は── 『聖都から報告! 少女の父親を見失いました!』 『なんだと? 目を離すなと言ったはずだぞ! やつの妻から情報を引き出せ!』 『それが……〝あの人、ああなったら止められないの〟としか──』 『なんだ、そのたわけた情報は!? すぐに探せ! 人の特殊部隊員に遅れを取るな!』  念話の怒号が飛び交う。ここが善と平和の楽園であることを忘れてしまうような会話だ。  アメリアの父は、生きていれば聖人にもなりうる忠実な信徒であり、人の祖国にも忠実な軍人であった。鉄骨のような身体と、ずば抜けた作戦遂行力、何事にも動じぬ心。まさに、ヒーローのような男。  天軍の監視を抜けたのは、アメリアの存在に感づいたからだろう。生前の彼は、捕虜の尋問にも長けていたらしい。一方の天使は、原則として嘘をつけない。彼の能力を駆使していくつかの質問をすれば、天にアメリアが来ていることを見抜くのは容易いはずだ。  アメリアと両親を会わせるわけにはいかない。再会は、同時に離別の発生を意味する。  が、天は両者がかち合うのを阻止しながら、アメリアの父を全面的に支持もするだろう──とシュリムエルは思った。  正しい行為だ。天の威信を守るのも、親が子を探すのも。 『聖都の各員は作戦を早めろ。パレードの開始だ。シュリムエルは、そろそろルークを休ませてやれ』  シュリムエルは念話で『了解』と答え、白馬のふさふさした和毛をつかんでいる少女へ語りかけた。 「お嬢さん。今度は、自分の翼で飛んでみようか」 「?」  小首を傾げてくるアメリアに、シュリムエルは笑みで応える。意図がつかめないのも無理はない。ルークはどこまでも天を駆けることができるだろうが、リファエルの真意は〝奥の手を出せ〟ということだった。  シュリムエルは懐から小さなマグネットのようなものを二つ取り出すと、少女の両肩へ慎重に当てる。マグネットは一瞬だけ発光すると、溶けるように少女の肩の中へ消え──  次の瞬間、羽化した蝶のごとく、アメリアの背に純白の翼が生えた。 「わっ……!? これ、わたしの翼っ?」 「期間限定だけどね。目をつむって、背中に意識を集中させてごらん? 翼を動かせるはずだ」  シュリムエルはアメリアの邪魔にならないよう、自らの翼で聖馬と並走しつつ少女へレクチャーする。アメリアは言われたとおりに目をつむり、しばらく「う~ん!」と唸ると、やがて翼が緩やかに挙動した。  天軍防衛研究計画局──通称HRPAが開発した、最新鋭の疑似天使化モジュールである。 「さあ、一緒に飛ぼう。恐れることはない。俺とルーク、そして主がついているからね」  少女の手を取る。アメリアは緊張した面持ちで緩慢に翼を動かしていたが、やがて両目をぎゅっとつむって宙へ飛び出した。初めて自転車に乗る子を支えるように、シュリムエルが手助けしてやると、やがてアメリアの両翼は周囲の天使と遜色のない羽ばたきを見せる。  少女は、新しい世界へ飛び立った。 「すごい! シュリムエルさん! わたし、飛んでる!」  アメリアの笑顔が弾け、シュリムエルや護衛の天使たちも笑う。馬であるルークまでもが、喜びを表すかのように鳴いた。  シュリムエルは、アメリアのような子どもこそが本当の天使なのかもしれないと思った。ただキュートというだけでなく、物事に対して偏見を持っていない。主が子どもを大切にするのも、うなずける話だ。 『少女がときめいているぞ! 今だ! 総員、もてなせぇ!』  リファエルの指示が飛んだ直後、一行はきらびやかな街に差しかかり、歓迎するかのように盛大な花火が上がる。  火薬を用いたものではなく、天の光を発散し、どれほど近づいても心身に脅威を与えない花火。眼下には色とりどりの建物と緑豊かな土地が広がり、世界が創造されて以来のさまざまな時代の人々が頭上へ手を振っている。  シュリムエルは、153部隊が突貫工事でこしらえた作戦にこれほど多くの人が協力してくれることを誇りに感じた。天に迎えられた人々は常に主とともにあり、信仰を一にし、ゆえに団結力も格段に上がる。  少女たった一人を、名の通った聖人たち、さらには主ご自身が率先して満足させようとするのだから、天の国は幸いに違いない。 「シュリムエルさん。この街に、お父さんとお母さんはいるの?」 「もちろん。君のご両親は、とても信心深い。ちゃんと天に迎えられているよ」  シュリムエルの胸中に、罪悪感が広がった。今のは答えであって、答えではない。  アメリアの両親は天へ導かれているし、母親に関しては眼下の聖都にいるだろう。しかし、姿を消した父親が見つかったという報告は入っていない。  聖都を通りすぎれば、残すは主への謁見のみ。嘘から出た真の騒動も、ようやく終わる。  シュリムエルの心には、複雑な思いが渦巻いていた。
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