遙かなる異世界からのお迎え

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 ピンポーン♪  夕飯を済ませた四人の男の子たちが、二十畳のリンビングの黒いソファに偶然左から背の低い順に並んで、大型液晶テレビが流す少年物の冒険アニメの映像を観ていると、彼らの左斜め前に置かれた黒いクローゼットの扉に張り付いている小型スピーカーから、テレビの音響を掻き分けるようにしてチャイム音が響いた。  早速、皿を洗う手を止め、両手を振って水を切り、ヨレヨレの布巾で手を拭いた私は、グレー系の部屋着のたるみを正して振り返ると、テレビ画面に釘付けになっている四人の後ろ姿に半分隠れた派手な戦闘シーンと一緒に、ちょうどクローゼットの扉を内側から押して開く人物の半身が視界に映った。  中から現れたのは、原色の勝った色調の民族衣装を着た丸顔の若い女性。背丈は150センチメートルちょいの私より頭一つ低い。  丸いLEDシーリングライトの光を浴びて輝く彼女の銀髪はシニヨン風にまとまり、彫りが深い顔は小麦色に焼け、窪んだ灰色の眼は自分に顔を向けない子供たちを見つめている。彼女は唇を綻ばせると、視線を私へ向けた。 「イェゲルヴィルトメッダットマレイダグ(今日も絵に夢中だね)」 「最近のお気に入りらしいです」 「イェギヴェルディグコレン(キャベツが取れたからあげる)」 「ありがとうございます」  傍から見ると私たちの会話は成り立っているのか不思議に思うかも知れないが、私は彼女の言葉が脳内で日本語に変換され、彼女も私の言葉を自国語に変換しているので問題ない。  なぜこんな事が出来るのか、普通の女子大を出て普通の企業に勤めているオフィスワーカーの私は語学の天才でも何でも無く、さっぱり分からない。なので、おそらく魔法のせいだろうということにしておく。  小さな籠にグレープフルーツ大で濃い緑色のしわしわの球体が三つあるが、これが彼女の国で取れたキャベツ。私は彼女のそばまで駆け寄り、軽く頭を下げて籠ごと受け取ると台所まで戻り、シンクの横に並べてから籠を返しに行く。  これが今日の代金。  私は、テレワークで仕事をしつつ、このリビングを託児所代わりにしているのだ。もちろん、会社には内緒に。 「ルイス。お母さんが迎えに来たよ」  一番左にいる銀髪のルイスは、私の声かけで、テレビを観ながら左へ数センチ平行移動するが、そこで止まる。正義の味方と悪人の攻防が佳境になったのだ。さらに、他の三人と一緒に身を乗り出す始末で、四人ともその格好でソファの上の石像となった。  結局、ソファーの左横に立った母親も最後まで息子とアニメに付き合った。彼女は、ヒーローが苦境に遭うと拳を握り、仲間を失うと袖で涙を拭き、続きはまた来週となると息子の手を取ったものの、一緒にクローゼットへ向かうも二人とも予告編から目を離さなかった。  開きっぱなしのままのクローゼットの奥には漆黒の闇が広がっている。その前で、彼女は微笑みながら頭を下げ、日焼けした手で息子の頭を下げさせる。それから、クローゼットの中に自分が入り、息子を抱き上げ、もう一度軽く会釈をしてから扉を閉めた。  ――こうして二人は、異世界へ戻っていった。
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