遙かなる異世界からのお迎え

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 バタン!  クローゼットの観音開きの黒い扉が勢いよく開かれると、カーキ色の()()()に似た服を纏って腰を屈めた筋骨隆々の金髪の男性が、右手で扉を押さえつつヌッと現れ、サイズが30センチメートルを優に超える素足で力強く床を踏んだ。  彼の左手は灰色の子兎の耳を(つか)み、金色のもじゃもじゃ頭が天井にぶつからないか警戒して見上げた後、頭を左右に振ると首の骨がコキコキと音を立てた。そして、高さ180センチメートルの異世界と私の世界との通用口を見下ろした後で、「アッ」と声を上げ、右手で押さえていた位置より上にあるボタンを押すと、ピンポーンという音が壁を反射した。  二十畳のリビングとは言え、彼の存在感で空気が変わり、テーブルに向かってノンアルコール飲料の缶を傾けていた私を紫紺の瞳に映す彼を見ていると、ぞわっとするような圧を感じる。  床に双六盤を広げて興じていた三人の子供のうち、金髪のクヌートが天井を見上げるように巨躯へ視線を向けると、満面に笑みを浮かべて両腕を広げ、大男の腰に飛びついた。 「フヴォルダンハッデドゥデット? (元気にしていたか?)」  父親はグローブのような右手で、息子の頭をまるでシャンプーを付けて洗うようにガシガシと撫でると、私の方へ双眸を向けて左腕を軽く持ち上げる。彼の行動で目を固く閉じた兎が上へ持ち上がるのを視線で追う私は、彼の登場からこれをどう調理するのを考えあぐねていたところだったのだが、そんな困惑を私の表情から読み取らない彼は、左の口角を吊り上げる。 「イェグヴィルアットスカルモッタダゲンスプリス(今日の代金を受け取ってくれ)」  貰っておいて申し訳ないが、この処分方法を自分なりに見つけた私は、「ありがとうございます。その辺に置いてください」と言うと、彼はテーブルの上へ兎の顔を私の方へ向けてごろんと転がして微笑んだ。もちろん、これは好意であって悪意はないことは分かっているが、この手の食材を自分で調理しない私にとっては心臓が凍り付く瞬間だ。事実、小さく両肩が跳ね上がった。  彼は狩猟を生業としていて、何かの頼まれ仕事もやるらしく、子供を預けたまま帰らない日も多い。私は彼の副業は魔物狩りではないかと思っているが、深く立ち入らずに彼が口にする言葉だけで彼の現場の風景まで想像している。もちろん、奥さんの存在も詮索したことはない。  いつも作務衣姿の彼しか見たことがないが、狩猟用の服を脱いでこの姿で息子を迎えに来ているのだと思う。それは、血痕が付着した服を私へ見せない配慮だと信じている。  手を繋ぎ、親子で手を振って帰っていく微笑ましい姿を見送った私は、哀れな子兎の上から新聞紙を掛けて、次の引き取り手を待った。
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