王様のなんか

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王様のなんか

あるところに、ゴンベイ王が治める王国がありました。 王国には宮殿と商業の街、宗教都市、野生の楽園、鍛冶町がありました。 この四大地域はそれぞれ商人や信者や動物や荒くれ者でにぎわっていたのです。 しかし、その間にある村は畑と農家が点在するばかりでした。 そんな村の一つ、アール村がある日、騒がしくなったのです。 アール村の酒場に来たとなり村の飲んだくれが、言いだしたのがはじまりでした。 「王様の、に、が? こっちの村に向かってるそうだ」 「おいおい、なに言ってるんだ。この村に王様が来るはずないだろ。 宮殿のほうからこっちの方角に来たって、野生の楽園があるだけだぞ」 飲んだくれの言葉に、最初はだれも信じませんでした。 アール村は宮殿の街と野生の楽園との間にある村です。未開の地である野生の楽園に好んで行くのはせいぜい生物学者や修験者くらいなのです。 「来るったら来るんだ」 そう飲んだくれはわめきだしました。 ちょうどそのとき、飲んだくれを迎えに奥さんがやって来ました。 「お前さん、うるさいよ」 「だってだって、王様の来ることをだれも信じちゃくれないんだ」 そりゃこんなやつの言葉を私も信じれないね、と奥さんはため息を吐くと、酒場の人々を見渡しました。 力強い彼女の瞳に注目が集まります。 「王様のなにかがこの村を通る道を進んでいるらしい。私も人づてに聞いたから詳しくわからないけどね」 「王様のなにかってなんだい?」と、店主。 「さあね。王様の軍団なのか、王様の姫君なのか、王様のつかいの者なのか。なんなのかわからないけど、来るらしいよ」 そう奥さんは真剣なまなざしで返すと、亭主を引きずって帰っていきました。 さて、飲んだくれを迎えに来た奥さんの信頼性ある言葉に、酒場は大騒ぎです。 「王様のなにかが来るのか?」 「この村に王様が?」 「大変だ、おもてなしの準備をしなきゃ」 酒場にいた人々は一目散に帰宅し、噂話は村中に一気に広まりました。 やがて噂話は「王様が来る」と伝わり、村人たちは王様をお迎えするための用意を急いで調えました。一年に一度のお祝いごとである収穫祭と同じくらいの用意でした。 村の広場では大鍋スープや丸焼き肉がしたくされ、女性は踊りの衣装を着たり花を髪に飾ったりしました。 「やや。この村でもか」 王様のなにかを乗せた馬車を走らせていた御者(ぎょしゃ)の二人は困った顔を見合せました。 けど、次の瞬間には笑いだしています。 「面倒な仕事を頼まれたんだ。こんな楽しみがなきゃやってらんないよな」 アール村の広場に到着すると、馬車は村人たちの歓声と演奏と踊りで迎えられました。 人々が待ち望む者はなかなか馬車から降りてきません。代わりに御者が群衆の前へ出ます。 「アール村の皆様。とても素晴らしい出迎え感謝致します。 しかし、我々は皆様の期待を裏切ることになるかもしれません。お連れしたものをご覧になっても、決して怒鳴ったり襲撃したりしないようお願い致します。 こちらにおわすのは」 御者が馬車の扉を開けました。 人々は彼の変な説明に笑っていましたが、なかにいたものを目にすると、固まりました。 「こちらにおわすのは、お犬様です。王様のご子息の親友であられるお犬様です。 いまは療養のための旅の途中。 我々を大事にもてなせば、今後この村に王様から謝礼がもたらされることでしょう。 アール村の人々がいかにもてなしてくれたか、王様にお伝えします」 『王様から謝礼』と聞いた村人たち。白くなった顔を無理やり笑顔にすると、こぞって御者とお犬様をもてなしだしました。 こうして御者は飲んで食い歌い――、パイが特においしかったと、後日王様に報告しました。 「愚息のせいで、犬のために祭りと同様の用意をさせて申し訳ない」 王様はたいそう心を痛め、アール村には次の祭りで必要な家畜や作物を贈るとともに、「()パイ」と名づけたということです。
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