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歴史趣味の者の手記
鍛冶町にはかつて美しい渚があった。
実に残念だ。
有名な詩が詠まれた渚はいまや跡形もなく、鍛冶場ばかりの町は煙たい。
ただ、良い点があるとすれば、この地の住民には迎えいれる気質があるということだろうか。
いや、そのせいでこのような灰色の町になってしまったのだから、良い点と言えるのかはわからない。
最初に迎えいれられたのは、吟遊詩人だったとか。
千年前。一文無しで浮浪者のようだったその者を助けたところ、美しい渚にちなんだ詩がつくられた。
詩は遠方まで広まり、渚はほうぼうからの物見の者でにぎわい、離宮まで建てられたらしい。
その恩恵から、この地の住民はおむかえを大切にしてきた。
国賊をかくまったこともあった。
なんでも、とにかくおむかえすることが第一であったからだ。
おかげで、討伐軍にこの地は焼かれたものの、住民はこの軍をもおむかえしたために赦された。
その後、焼け跡に鍛冶場をはじめとした工場が乱立。
どんなものも迎えいれる精神ゆえであった。
こうして百年前。美しかった渚は造船所や港のために埋め立てられ、消えた。
いまや、渚の面影だけでなく、離宮や事変の史跡がない。
住民はおむかえ精神を遺したが、史跡を遺すことにはなんとも思わなかったらしい。
歴史を趣味で調べる者としては、残念である。
だが、住民のおむかえ精神のおかげで、この国は救われている。
この地に鍛冶場が集まったことで、鉄鋼製品の技術が高まり、世界から注目されている。
そして、この町の働き口はだれにでもある。他の地でのあぶれ者たちはここにたどり着き迎えいれられ、荒くれ者も汗水流して改心するらしい。
おかげで、王国内の平和が保たれているのは、ありがたいことだ。
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