行ってしまった小舟

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「お楽しみバスツアー」なるものに申し込んでいた私は、自宅の前で待っていると、そのバスは本当にやってきた。  ご自宅までお迎えにあがります――  個人情報云々が叫ばれるこのご時世に、ちょっと怪しげな雰囲気のこんなツアーに参加するモノ好きは自分ぐらいしかいないのではないかと半信半疑でいたけれど、乗り込んだバスの中は大勢の人でにぎわっていた。  が、大勢の人と言っても、ほとんどがセーラー服と学ランを着ているから、私は別の意味で驚いていた。  中学校か高校の修学旅行にでも紛れ込んでしまったような気分になりながら、指定された席に座ると、まもなくバスが走り出した。  20分ほどでバスは停車した。着いた先は中学校の校門の前で、門脇の大きな桜の木は満開を迎えていた。卒業式にこれだけ見事な桜が見られるのだから、今年は早咲きなのだろう。  筒を手にした生徒たちが、友達や保護者や先生と写真を撮っている様子を目を細めて見つめていると、淡いピンクが視界をかすめた。  うららかな風に揺られ、はらはらと舞い降りる花びらたち。紺色の肩に落ちたそのひとひらをつまみあげると、自分もまた、中学校を卒業したあの日にタイムスリップした気分になった。  あのときはびっくりしたけれど、でも、あなたの気持ちが聞けて本当に嬉しかった。
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