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「もう帰るの?」
「ああ、明日も仕事だからね」
そう言いながら身支度をする彼の背に、布一枚で身体を隠して身を寄せる。
「……奥さん、帰ってきてないんでしょ……?泊まってけばいいのに……」
「ごめん、体裁もあるからね……妻が行方不明になっているのに、夫がふらふらしているのもおかしいだろう?もう少し、妻を案じる夫を演じてからかな……」
「……わかったわ……今は我慢する……」
彼から一歩離れ、ともすれば吐き出してしまいそうな感情を飲み込む。
そんな私の頬に、彼の手が優しく触れる……まるで花を慈しむかのように。
「ごめんねサナ……でももう少しだから……もう少しで僕は日が出ていても愛しの夜顔を愛でていられるんだ……」
彼は私を夜顔だと言う。
それはロマンチックなつもりなのかもしれないが、私には不快だ……夜だけに咲く花……朝になれば私は彼が愛でる花ではなくなる。
本当は今みたいに、サナと名前だけで呼んでほしい。
対して、朝彼を笑顔で送り出す奥さんを彼は朝顔みたいだと言っていた。
夜には萎んでしまって魅力がないって。
彼は気づいているんだろうか?
つまりは私は逆に夜以外は萎んでいると言っているのと同義だという事に……
奥さん……カスミさんて言ったっけ?あの人も自分が花に例えられてるって知ってるのかしら……?
正直、女性を花に例えるのは好かない……けど……
「惚れた弱みってやつかしら……」
彼の残り香が漂う部屋で一人、私は彼の次の来訪を夢見ながら待つことにした……
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