EP.8「六年前、蒼の過ち」

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「あ、私てっちゃんと付き合っててさ。彼に協力してたから、この場所も蒼君の今の顔も知ってるってわけ。昔っから美少年だったけど、益々イケメンになっててびっくりしたよぉ。めっちゃ私のタイプなんだもん」 本当に、頭の悪い馬鹿程声が大きいのは何故だろう。エントランスで騒がれ、仕方なく部屋へ通した。場所を移そうとしたが、どうしてもここでなければ嫌だと、子供のように駄々をこねられた。 「…」 (吐き気がする) 目の前で聞いてもいない事をべらべらと喋る女は、記憶の中のあの女そっくりだった。派手な化粧に露出度の高い服、鼻が曲がりそうな程の香水の臭いと、酒と煙草にやられたしわがれ声。 三十そこそこだろう年齢も、俺を十六で産んだ母親が丁度死んだ頃と同じ。 女の口から何度も出てくる男の名前は、どうやら大学まで金をせびりにきたあの屑のことらしい。この女も見た目通りで、話に全く脈絡がなかった。 「私も昔同じ風俗だった時、凛子さんに何回かお金貸してたんだよねぇ。まぁぶっちゃけ、今更それはどうでもいいしてっちゃんが言い出すまで忘れてたんだけどぉ…」 箸を握ることすら難しそうな爪のついた指を、俺の方へと伸ばす。発情しきった雌猫のような瞳に、鳥肌が立った。 「凛子さん、私にお金借りる時言ったんだよねぇ。蒼君が大人になったら、好きにしていいよって。あの時は中学生だったし興味なかったけど、今こーんなにイケメンだから…ねぇ、一回だけで良いから抱いてくれない?私もてっちゃんに着いてくからすぐ居なくなるし、思い出に。ね…?」 「…あの女の周りは屑しか居ないのか」 「あはっ、そりゃあそうだよ!だって凛子さんが屑なんだからさぁ!」 何がそんなに面白いのか、女は手を叩きながら笑った。 「でも蒼君だって同じなんだよ?あの凛子さんの血が通ってるんだから」 「…違う。俺はお前らとは」 「ねぇじゃあさ。優しく抱かなくて良いから、思いっきり酷くしてよ。私が蒼君の捌け口になってあげる。あのいかにもいい子そうな彼女に、こんなことバレたくないでしょ?」 頭がどうにかなりそうだった。あの女は、こんな馬鹿にまで俺を売っていた。最後まで俺は、ただの所有物でしかなかった。 (死ねばいい、全員) そこには、もちろん俺も。 大切にしたい、幸せにしたい、守りたい。 でもいつか。 俺自身が、茜を傷付ける時が来たら? こんなことがバレたら、もう傍にはいられない。茜はきっと全部丸ごと、俺を受け止めてくれる。そういう子だと、分かっているから。 (…俺が、幸せにしたいのに) 正常な感情が一気に吹き飛んで、気が付くと俺はベッドの上に女を投げ飛ばしていた。
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