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「あっ、茜…?何でここに…」
ーー早くごめんって、言わないと
「ごめ、ほん、本当に、あ、茜を傷付けるつもりも、うら、裏切るつもりも、な、なくて…俺、俺…っ」
ーーこうなった経緯も説明するんだ
「ねが、お願い、だから。別れるなんて、言わないで」
ーーもっとちゃんと、ちゃんと
「お願いだから、茜、捨てないで」
茜が、泣いている。俺が彼女を、傷つけている。足元に散らばったビールや食べ物を見て、堪えきれなくなった涙がぽたぽたと無様に溢れた。
(全部俺の、好きなものばっか)
約束は明日だった。けれどこうしてここに居るのは、茜も俺に会いたいと思ってくれたから。
俺だってそうだった。ずっと、会いたかった。
さっきまで俺は一体、何をしていたのだろう。茜以外の女を組み敷いて、口汚く罵って、憤りのままに腰を打ちつけた。記憶が朧げで、ただどす黒い感情に支配され理性を捨てた。
言い訳もなにも、俺がこの手で他の女を抱いたのは紛れもない事実だ。
そしてそれを、茜に知られたことも。
「大丈夫だから、もう泣かないで」
穏やかな声色でそう言って俺を抱き締める彼女の手は、微かに震えていた。それに気が付いておきながら俺は、必死に縋りついた。
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに崩し、恥も外聞もなく捨てないでと懇願した。
今俺に見せている茜の表情が本心ではないと分かっていても、それを指摘することができなかった。
茜が目の前から消えていなくなると想像しただけで、発狂してしまいそうだ。
「茜、茜、愛してる…っ」
「…私も、愛してる」
気付いていた筈なのに。誰よりも何よりも、大切な存在なのに。
俺は、茜の心よりも自分を選んだ。別れたくないという感情が先行し、彼女を慮る余裕もなかった。
(…知られたくない)
茜はきっと、ただの浮気だと思っている。もしも先程の女が俺の母親と繋がりがあり、別の男からも大金を奪われたと知られたら。
彼女を信じていない訳ではない。けれど、自信など持てる筈もなかった。
茜は俺ではない別の誰かと一緒にいた方が、きっと幸せになれる。
(それだけは絶対に嫌だ)
茜が例え表面上でも俺を許してくれるというのなら、浮気した屑男のままでいい。他の女を抱いた上に親のしがらみまでついて回る男より、ずっとマシだ。
温かい彼女の胸に顔を埋め、瞼を閉じる。
俺に会いたいと思い、無理をして来てくれた。その想いをこんな形で踏みにじったことを、死にたくなる程後悔した。
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