EP.8「六年前、蒼の過ち」

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「あっ、茜…?何でここに…」 ーー早くごめんって、言わないと 「ごめ、ほん、本当に、あ、茜を傷付けるつもりも、うら、裏切るつもりも、な、なくて…俺、俺…っ」 ーーこうなった経緯も説明するんだ 「ねが、お願い、だから。別れるなんて、言わないで」 ーーもっとちゃんと、ちゃんと 「お願いだから、茜、捨てないで」 茜が、泣いている。俺が彼女を、傷つけている。足元に散らばったビールや食べ物を見て、堪えきれなくなった涙がぽたぽたと無様に溢れた。 (全部俺の、好きなものばっか) 約束は明日だった。けれどこうしてここに居るのは、茜も俺に会いたいと思ってくれたから。 俺だってそうだった。ずっと、会いたかった。 さっきまで俺は一体、何をしていたのだろう。茜以外の女を組み敷いて、口汚く罵って、憤りのままに腰を打ちつけた。記憶が朧げで、ただどす黒い感情に支配され理性を捨てた。 言い訳もなにも、俺がこの手で他の女を抱いたのは紛れもない事実だ。 そしてそれを、茜に知られたことも。 「大丈夫だから、もう泣かないで」 穏やかな声色でそう言って俺を抱き締める彼女の手は、微かに震えていた。それに気が付いておきながら俺は、必死に縋りついた。 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに崩し、恥も外聞もなく捨てないでと懇願した。 今俺に見せている茜の表情が本心ではないと分かっていても、それを指摘することができなかった。 茜が目の前から消えていなくなると想像しただけで、発狂してしまいそうだ。 「茜、茜、愛してる…っ」 「…私も、愛してる」 気付いていた筈なのに。誰よりも何よりも、大切な存在なのに。 俺は、茜の心よりも自分を選んだ。別れたくないという感情が先行し、彼女を慮る余裕もなかった。 (…知られたくない) 茜はきっと、ただの浮気だと思っている。もしも先程の女が俺の母親と繋がりがあり、別の男からも大金を奪われたと知られたら。 彼女を信じていない訳ではない。けれど、自信など持てる筈もなかった。 茜は俺ではない別の誰かと一緒にいた方が、きっと幸せになれる。 (それだけは絶対に嫌だ) 茜が例え表面上でも俺を許してくれるというのなら、浮気した屑男のままでいい。他の女を抱いた上に親のしがらみまでついて回る男より、ずっとマシだ。 温かい彼女の胸に顔を埋め、瞼を閉じる。 俺に会いたいと思い、無理をして来てくれた。その想いをこんな形で踏みにじったことを、死にたくなる程後悔した。
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