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結局私は二日も仕事を休んだ。蒼は帰って来ず、連絡することも憚られて。いっそ携帯の電源を切ってしまおうかとも思ったけれど、万が一にも彼から連絡がくるかもという期待から、どうしても画面を真っ暗にすることができなかった。
あの家にいても、ちっとも気分は晴れない。いつまでも休むわけにいかないし、外で仕事をしていた方が気分的には幾らかマシだ。
「〇〇様の発送、三笹さんの代わりにやっておきましたぁ」
「…それはありがとう」
この間の件で蒼に脈がないと理解したのか、花井さんの私に対する態度はすっかり元に戻っていた。というよりも、前より酷い気がする。
(…幼稚な子)
彼女に対する感想はそれ以外に浮かばないが、結局は私も同じなのだと思った。取られたくないから、安全そうな風俗嬢を充てがった。
そもそもその安全性というのも、大前提に“蒼が派手な女嫌い”という理論の元に成り立つ。彼のトラウマを知っていながらあんなことをして、今更ながら本当に最低だと思う。
こんな妻、見限られて当然だ。
「主任。急ぎの注文分、外商部に届けてきます」
「ありがとう三笹さん」
信号を渡った先に別館があり、外商部はそこにある。私は“虎ノ屋”の紙袋を事務の女性に渡すと、そのまま踵を返して売場へと戻る。
(今日、良い天気だな…)
一人で食べる食事は、何を食べようと同じ味しかしなかった。何故かどうしても自分で作ったものを食べたくなくて、コンビニで適当なものを買って凌いでいた。
「三笹さんじゃん」
信号を渡りきった所でちょうど二條さんと鉢合う。どうやら彼は、外商部へ戻る途中の様だ。
「…お疲れ様です」
正直に言えばこの人の顔は見たくない。俯きがちに挨拶をして足早に通り過ぎようとした所で、彼に道を塞がれる。
「何かあったでしょ」
顔を合わせれば、絶対に気付かれると思っていた。だから余計に、会いたくなかったのに。
「二條さんには関係ありません」
「蒼さんと喧嘩でもした?」
「言う必要ありませんよね」
今この人の相手をする程の心の余裕がない。普段にこにことしていて人畜無害そうなのに、やたらと確信めいた発言をされるのが堪らなく嫌だった。
気付かないまま死にたい事柄など、この世には幾らでもあるのだ。
「ちょっとこっち来て」
「はっ?」
「いいから」
無理やり手首を掴まれ、従業員口の隅に連れていかれる。人通りが少ないとはいえ無人ではなく、変な誤解もされたくないので私はあからさまに顔をしかめた。
「凄い顔してるって」
「いつも通りです」
「見過ごせない、気になるから」
普段とは違う真剣に揺れる瞳に一瞬驚いたが、だからといって彼に相談しようなどという考えは、微塵も浮かばない。
けれどほんの少しだけ、羨ましいとも思った。
私にも二條さんのような素直さと行動力があれば、私と蒼の未来は違っていたのかもしれないと。
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