EP.9「相乗」

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結局私は二日も仕事を休んだ。蒼は帰って来ず、連絡することも憚られて。いっそ携帯の電源を切ってしまおうかとも思ったけれど、万が一にも彼から連絡がくるかもという期待から、どうしても画面を真っ暗にすることができなかった。 あの家にいても、ちっとも気分は晴れない。いつまでも休むわけにいかないし、外で仕事をしていた方が気分的には幾らかマシだ。 「〇〇様の発送、三笹さんの代わりにやっておきましたぁ」 「…それはありがとう」 この間の件で蒼に脈がないと理解したのか、花井さんの私に対する態度はすっかり元に戻っていた。というよりも、前より酷い気がする。 (…幼稚な子) 彼女に対する感想はそれ以外に浮かばないが、結局は私も同じなのだと思った。取られたくないから、安全そうな風俗嬢を充てがった。 そもそもその安全性というのも、大前提に“蒼が派手な女嫌い”という理論の元に成り立つ。彼のトラウマを知っていながらあんなことをして、今更ながら本当に最低だと思う。 こんな妻、見限られて当然だ。 「主任。急ぎの注文分、外商部に届けてきます」 「ありがとう三笹さん」 信号を渡った先に別館があり、外商部はそこにある。私は“虎ノ屋”の紙袋を事務の女性に渡すと、そのまま踵を返して売場へと戻る。 (今日、良い天気だな…) 一人で食べる食事は、何を食べようと同じ味しかしなかった。何故かどうしても自分で作ったものを食べたくなくて、コンビニで適当なものを買って凌いでいた。 「三笹さんじゃん」 信号を渡りきった所でちょうど二條さんと鉢合う。どうやら彼は、外商部へ戻る途中の様だ。 「…お疲れ様です」 正直に言えばこの人の顔は見たくない。俯きがちに挨拶をして足早に通り過ぎようとした所で、彼に道を塞がれる。 「何かあったでしょ」 顔を合わせれば、絶対に気付かれると思っていた。だから余計に、会いたくなかったのに。 「二條さんには関係ありません」 「蒼さんと喧嘩でもした?」 「言う必要ありませんよね」 今この人の相手をする程の心の余裕がない。普段にこにことしていて人畜無害そうなのに、やたらと確信めいた発言をされるのが堪らなく嫌だった。 気付かないまま死にたい事柄など、この世には幾らでもあるのだ。 「ちょっとこっち来て」 「はっ?」 「いいから」 無理やり手首を掴まれ、従業員口の隅に連れていかれる。人通りが少ないとはいえ無人ではなく、変な誤解もされたくないので私はあからさまに顔をしかめた。 「凄い顔してるって」 「いつも通りです」 「見過ごせない、気になるから」 普段とは違う真剣に揺れる瞳に一瞬驚いたが、だからといって彼に相談しようなどという考えは、微塵も浮かばない。 けれどほんの少しだけ、羨ましいとも思った。 私にも二條さんのような素直さと行動力があれば、私と蒼の未来は違っていたのかもしれないと。
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