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社内携帯で主任に連絡し、私はそのまま昼休憩を取らせてもらうことにした。食堂の隅で、売店で買ったパンの包みを開ける。目の前の二條さんが目を丸くしてこちらを見つめていた。
「三笹さんがそんなの食ってんの初めて見た」
「いけませんか?」
「いけなくはないけど、俺の舌は残念がってる」
(意味分かんないし)
今はもう、ただの同期としてこの人を見ることが出来ない。どうしても警戒心が先に立ち、彼の一挙手一投足に身構えてしまう。
「幾ら俺でもこんな場所で変なことしないから」
「記憶飛んでますよ」
「手厳しいなぁ」
一人になりたいのに。一人ではない空間で一人になりたいという、我ながらなんとも面倒な心理だ。
「俺はさ」
缶コーヒーのプルタブを開ける音が、やけに響いて聞こえる。
「相手の為を思って身を引くとか、大切なことを言わずにいるとか、そういうの大嫌いなんだよね。それって結局、自分の為だろって。口に出した後の結果に、ビビってるだけ」
脈絡のない話。けれど彼の言葉が私達夫婦を示唆しているであろうことは、理解できる。
「ま、俺も深い付き合いとか苦手だし偉そうなこと言えないけどね。もし誰かこの人じゃなきゃ死ぬって相手に出会ったとしたら、その先の自分がどうなるかなんて、想像つかないし」
「二條さんならきっと、どんな立場でも上手く立ち回ると思います」
「…だといいけど」
彼は薄く微笑んで、コーヒーに口をつける。男性特有の喉仏が上下する様を、私はぼうっと見つめていた。
「あ、今俺のこと考えてたでしょ」
「現実でそんな台詞を使う人を、初めて見ました」
「やっぱり?今若干恥ずかしいんだけど」
缶で顔を隠すような仕草をしてみせる二條さんに、自然と私の頬も緩む。
けれど彼の瞳に真剣さが宿ったことに気が付き、すぐに視線を逸らした。
嫌いな訳ではない。私はこの人が、とても苦手なのだ。考え方が全く違うから。
彼はきっといつだって、堂々と太陽の下を歩いてきたのだろう。その眩しさに当てられて、日陰で立ち止まったことなどないのだろう。
私が彼の気持ちを理解できないように、彼にも私の気持ちは理解できない。
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