EP.9「相乗」

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私には、蒼が必要だ。彼がいなければ自分の人生に幕を閉じても、後悔はないと思う程に。 けれどきっと、蒼に私は必要ない。彼の幸せの為には、私は邪魔でしかない。 もう、潮時なのかもしれない。三年前のあの日、私が選択を間違えたその瞬間から今日までずっと。 「…もしもし、蒼?」 「…うん」 「元気?ちゃんと食べてる?」 「大丈夫、食べてるよ」 夜、仕事を終えた後諸々の用事を済ませ自宅に帰り、私は意を決して蒼に連絡をした。電話越しの、たった三日振りの彼の声。 脳が痺れて、勝手に涙が溢れて止まらなくなる。自身の手に爪を立て、泣いていることに気付かれないよう必死に平静を装った。 「茜は平気?変わったことはない?」 「私も、大丈夫」 「…そっか。良かった」 優しい声色。彼が「茜」と私の名前を呼ぶその言い方が、私はとても好きだ。 「あのね、蒼」 (大好き) 「うん」 (愛してる) 手の甲にじわりと血が滲み、そこを更に爪で抉る。こうまでしても痛みを感じられなくて、私は内心困ってしまった。 こんな傷よりも、心の方がずっと痛い。 「ちゃんと話がしたいの。一度帰ってきてくれないかな」 「…分かった。明日仕事が終わったら、そっちに帰るよ」 「ありがとう」 彼が今どんな表情で居るのか、私には分からない。こうして離れていると、何も分からない。 「それを言いたかったの。ごめんね、突然連絡して」 「謝る必要なんかない。茜は俺の妻なんだから」 「じゃあ、おやすみなさい」 もうこれ以上は嗚咽を我慢できない。そう思って早々に通話を切ろうとしたのに、蒼は「待って」と言って私を引き止めた。 「蒼…?」 「…いや、うん。えっと、あのさ」 歯切れの悪い言い方。いつも穏やかで冷静な彼とは違う、ぱっと思いついただけのような行動。 私達には、帰る実家なんてない。蒼は顔が広いように見えて、こんな時に身を寄せられる程の友人は作っていないと思う。きっとホテルの一室で、私と同じように買ったものを食べているのだろう。 「今日外回りの時、係長と一緒に外で牛丼食べたんだけど」 「えっ?うん」 「夕方帰る直前になって慌てて弁当の包み開いてて。残して帰ったら奥さんに怒られるからって」 「ふふっ」 もしかしたら蒼は、私が泣いていることに気付いているのかもしれない。それともただ、電話を切りたくないからなのか。 彼の真意は分からないけれど、どちらにせよ嬉しかった。もう少し、この穏やかな声色を聞いていられることが。 「そうやって必死で食べてる時に奥さんからライン送られてきて、今日の夕飯豚カツらしいって係長顔青くしててさ」 「あははっ」 未だ涙は溢れ続ける。けれどいつの間にか、自身を引っ掻く私の指先は止まっていた。
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