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EP10「幾つもの、細い糸」
結局、答えは見つからないまま。根本的なことは何も解決していない。
「おはよう、茜」
「…おはよう」
処置を施さないままに眠ってしまった私達の顔は、それは悲惨な状態だった。目覚めるとベッドの上で、向かい合わせで手を繋いでいて。
「なぁ、俺目開かないんだけど」
「私もだよ。視界狭すぎ」
互いの腫れぼったい目を見ながら、くすくすと笑う。私達はキスの代わりに、こつりと額を合わせた。
この世界に生きている限り、いつだって足元は不確かな綱渡り。幾らまっすぐ歩いていこうとも、きっと正解にも絶対にも繋がってはいない。
けれど、それでいいのかもしれないとも思う。六年前から今までずっとあれだけ悩んできたことが、一晩で解決する筈もない。
けれど私達は初めてあんな風に、気持ちを吐露し合えたような気がする。
孤独や恐怖に支配され、綱から足を踏み外してしまったとしても。
私を引き上げようと手を差し伸べてくれる蒼が居るのなら、何度間違えても立ち上がっていけるのではないだろうか。
だって私は。
「…ふふっ」
結局この人のことが、とても好きなのだから。
交互にシャワーを浴び、朝の支度を済ませる。簡単に朝食を準備しようとした私に、蒼がネクタイを締めながら声を掛けた。
「茜今日、遅番だよな?」
「うん、そうだよ」
「俺半休取ったから、どっかで朝食べていかない?」
視線を上げると、穏やかな色を湛えた瞳と視線が混ざる。私も頬を緩めながら、こくりと頷いた。
「ねぇ、これ美味しい」
「冬季限定のやつだっけ?珍しいね、茜がいつもと違うもの頼むの」
「たまには冒険するのもいいかなって」
私の勤務先である百貨店の側のカフェで、私達は遅めの朝食を摂る。こんな風に朝からゆっくりとするのは、いつぶりだろう。
少し視線を左右に向ければ、様々な人で溢れかえっていた。学生や主婦、ビジネスマンに年配のご夫婦。そこに溶け込む私と蒼も、特別なことなんてなにもない。
どこにでもいる普通の人間で、ありふれた夫婦だ。
「ねぇ蒼」
「うん?」
「今日も…帰ってきてくれる?」
少し虫が良すぎるだろうか。そう思いながら伺うように彼に視線をやる。
「うん」
嬉しそうにはにかむ表情を見て、私の胸はぎゅうっと甘く締め付けられたのだった。
「……」
「おい二條、信号変わったぞ」
「ああ、うん」
ここは勤務先のすぐ側。誰に見られていても不思議はない。昔の私であれば、つり合い云々を気にしてここで二人で食事を摂るなどということはしなかっただろう。
けれど今の私には、そんなことはどうだってよかった。
昨日手放そうと誓った筈の蒼が、目の前で笑っている。
私の心を占めているのは、その事実だけだった。
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