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【けっこんとりこん】
小学校の時一人で帰っていたら、結構可愛いなと思っていた女の子に●●くん、これから帰るん?一緒に帰ろうやと肩を叩かれた。
その時はまだ純粋だったので頷きながら顔が赤くなった。
ぷらぷらと田舎道を歩いていても横の女の子が気になってずっと下を向いていたら女の子のスカートから生える足が見えた。
白い足だった。
そんな事を思っていたら女の子がぽつりぽつりと話しはじめる。
今から思えばあの子は自分の事が好きだったのではないか。
なぜならその話を直接聞いたのは自分だけであったからだ。
「うちな、転校するねん。親が離婚すんのよ。おとんが浮気しとったみたいでな。おかんと奈良のばあちゃんちに行く。名前ももう田辺やなくなんの。長谷川、言うの。」
長谷川ってばあちゃんの名前け?と言うと女の子は笑って教えてくれた。
「女はな、嫁いだら自分の名前を捨てて男の名字をもらうんやで。そやし離婚したらまたほんまの名前に戻るんや」
あまり意味は解らなかったけれど、女の子が話す言葉はなんだか秘密めいていて大人の世界の一部を知ったような気になった。
なるほど、女は凄いなあ、好いた男の為なら自分の名前も捨てられるんか。
家に帰ったら母ちゃんに本当の名前を聞いてみようと思った。
「うー…、かなわん、さむいわあ」
笠松は寒さに震えながら目を開ける。
ああ、寒いやんけ。そう思って肌を擦る。
夜明けが来ていた。笠松は綺麗だな、と思った。
緩む頬も、名前も、生まれた時と違うこの男はある男の為に皆捨てた。
「…一人ぼっちのスラッガー、か。きっつい事言うわあ、あのボン。育てた恩も忘れくさって俺のもんかっさらっていきよった」
ふふふ、と笑う笠松の顔は反吐と鼻血で酷かったがほがらかだった。
そしてごそごそと携帯を取り出してある番号を押した。
「あ、もしもし笠松ですけど。いやー駄目でしたわ。万丈に一発逆転ホームラン打たれたんです。それでねオヤジ。 残念ながら俺、他に好きな奴が出来たんです。 もうあんたに魅力感じへんねんやわ。離婚させてもらいます。笠松っちゅう名前もお返ししますわ。ほなおおきにありがとうさん」
怒鳴る相手と通話が繋がったまま笠松は大きく振りかぶり携帯をぶん投げた。
ガシャン、とどこかの家の窓ガラスが割れた。
「一人で幸せ握ったら罰あたるでえ、万丈クン」
ズズ… 啜ったのは鼻血か鼻水だったのか。
感情が読めない目がぱちん、とまばたきをした。
「何やってるんですか」
「乗らないの?」
「いや乗りますが」
万丈は唖然として隣の席の客を見た。
尾上を追いかけるためにバットを袋に入れフェリーに乗り込んだ。
そして、この、良く見知ったへらへら顔の男を見つけたのである。
「俺は場所だって解るし、強いよう」
「それは知ってますが。笠松さんは」
「俺さ、離婚したの。だから名前がないのよ。かあいそうでしょう?戻る戸籍もないし。だから、ね?体なんて面倒なものはいらないからさあ。尾上クンの名前が欲しいな。そしたら手伝ってやってもいいよ?男はな、嫁いだら自分の名前を捨てて男に名字を作ってもらうんやで。そやし離婚したらほんまのななしになるんよ。かなしいねえ、万丈君。男は戻る場所がないんだよ。だからいつだって群れを作るんだねえ」
うーん、と頷く笠松は今はどんな奴のつもりなんだろう。
自分をななしのごんべと言う人間は一体。
万丈はため息をそっと吐いて、どさりと笠松の隣に座った。
とにもかくにも味方が増えた事はありがたい。
ちらりと笠松を見て呟いた。
「…俺の名前でよければどうぞ」
「いやだ」
【けっこんとりこん】完
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