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「意識が戻ったようです」
男の声がした。その声に覚えはない。
うっすらと光を感じた。
ぼんやりした視界が徐々にはっきりとしてくる。
白い天井が見えた。
「優司くん」
菜々子の声だ。
「パパ」
優菜の声もする。
俺はベッドに横になっていた。
どういうことだ。
重たい首を動かすと、周りに人がいた。白衣を着た知らない男、菜々子と優菜もいる。周りには医療機器が並んでいた。
白衣の男は医師で、どうやらここは病室だと理解する。
「ど……て?」
どうして、そう言ったつもりだったが、思うように口が動かない。俺の口は接着剤で塞いだように動きにくかった。
「よかった。優司くん、ずっと眠っていたのよ」
菜々子が隣に立ち、俺の顔を覗き込んだ。その横に優菜のあどけない顔が覗く。小さな腕にクマのぬいぐるみを抱えていた。
あの日。ふたりを送り出したあと、俺は部屋で倒れていたらしい。
公園から帰った菜々子が見つけ、救急車で近くの病院に運ばれて数日のあいだ眠っていたらしい。どこにも異常はなく原因不明だった。
「優司くんが戻ってきてくれて本当によかった」
レースカーテンのかかる窓から柔らかい日差しが差し込む。菜々子の頬に涙が流れた跡が残っていた。
菜々子がカーテンを開ける。部屋の中が光に包まれる。
「雨があがったみたい」
昨夜から今朝にかけて激しい雨を伴う強い風が吹いていた。局地的な悪天候はまるで台風のようだったという。
窓の外に虹が見えた。あの虹を歩いて戻ったのだろうか。
ずっと抱えていた氷のような寂しさは、春を迎え、雪融けしたかのように消えていた。胸の中に差しこむ光がじわじわと温もりを持って広がっていくようだ。
もうひとりじゃない。何度も瞬き、ふたりの姿を確認する。いまさら大事なものがそこにあることに気がつき、目の奥が熱くなる。そして、これからはじまる日々を新しい気持ちで迎えようとしている自分がいることに気がつく。
変わろうと思えばいつでも変われる。そのことにようやくいま気がついた。
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