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多少の罪悪感もあって、ふたりを玄関まで見送った。
優菜が悲しそうな目で俺を振り返った。その目を見ながら扉が閉まるまでのあいだ手を振った。そうしてふたたび布団に入ろうとした。そのときだ。突然、ぐらぐらと地面が揺れるような感覚に襲われた。
揺れは激しさを増すばかり。とても立っていられないぐらい激しくなっていく。その直後、後頭部に衝撃が走り、視界は暗転した。
つぎに目覚めたとき、あたりは静寂に包まれていた。部屋の窓から覗く世界に人の気配を感じない。世界は変貌していた。
自分の家なのに、自分の家でないような居心地の悪さを感じた。
得体の知れない怖ろしさを感じ、テレビをつけた。
画面に映るニュースキャスターは血が通っていないように無表情で、未知のウィルスが俺の住むこの世界に飛び込んだと話した。そして部屋から一歩も外に出るなと警告した。
俺はなす術もなく、茫然と立ち尽くした。ふたりはもしかすると帰ってこられないかもしれない。悪い予感が脳裏をよぎった。
そしてその予感は的中した。
以来、ふたりに会うことはない。
無理してでも一緒に行くべきだった。
俺はあの日のことをずっと後悔している。
家から一歩も出ることなく、ただ窓から外を眺めるだけ。この世はみなウィルスに支配された。
ウィルスのない世界に戻りたい。そうすれば、ふたりにまた会えるかもしれない。
胸が張り裂けそうになる。
窮屈で退屈な日々はつづいた。とうの昔に二日酔いは治まり、ふたりの帰りを待つことに時間を費やした。
朝には帰ってくるんじゃないかと早起きして菜々子が好きなコーヒーを淹れて待った。
昼になり、優菜が好きなピーナツバターをトーストに塗って待った。
もしかすると夕方には戻るんじゃないかと玄関でひたすら待った。
雨の日は涙を流した。
晴れの日はふたりと過ごした日々を懐かしんだ。
風の強い日はふたりのことが気になり眠れなかった。
いまごろどこにいるのだろうか。
そうして来る日も来る日も変わることのない毎日は、季節の移ろいとともにわずかに変わる景色だけを感じさせ、過ぎていった。
いったいいつになったらウィルスはなくなり、ふたりは帰ってくるのだろうか。
ふたりを想う気持ちはますます重たく積もっていった。
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