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「西暦から順番に入力してください。つづいて戻りたい時刻の入力をお願いします。最後に場所を入力してください」
案内に従い、スマートフォンを操作する。
最後に『GO』と書かれたボタンを押したときだ。
ぐわんぐわんと耳の奥から脳に伝わる衝撃波に襲われた。まるで地球を逆さまにしたような激しい眩暈に、ぐるぐると目が回り、立っていられず、その場に膝をついた。
やがて眩暈はおさまった。草木の匂いが風に乗って鼻先をかすめる。
つぶっていた目を恐る恐る開けると、そこには懐かしい景色が広がっていた。
周りは山に囲まれている。俺は近所の山の頂につくられた公園にいた。ふたりがよく行っていた、あの公園だ。
芝生にかがんで膝をついた状態の俺は、すぐに立ち上がろうとしたが、「どっこいしょ」と自然と声が出る。緩慢な動きで立ち上がったものの、どうにも素早く動けない。
手を見ると骨が浮き上がり、皺だらけの皮はたるんで見えた。どうやら俺はよぼよぼのおじさんの姿になって妻と娘のもとを訪れたようだ。
曲がった腰を反らそうとすると、グキッと腰骨が音を鳴らした。「あ、いたっ」
やれやれ。俺は赤ちゃんが初めて立つような格好をして公園のほうに目を向けた。
昼前の公園には多くの家族連れが訪れ、芝生にシートを広げてランチを楽しんでいる。
間違いなくウィルスが蔓延する前の平和だったころの世界だ。
目を凝らす。少し離れたところに菜々子と優菜の姿を確かめることができた。
ほぅと息を吸う。肺に入る空気は鮮度が高く、少し冷たかったが雑味はなく澄んでいた。
俺は吐くことを忘れて吸い続ける。胸は高鳴り、溢れ出すよろこびでいっぱいだった。体の芯から震えが走り、全身を駆け巡る。こんなにも心が揺さぶられるなんて。
ふいにかかった不思議な電話。一度きりのチャンスで訪れたこの世界にふたりはたしかに存在している。
かくかくと膝を鳴らしながら、その場に立ちすくみ、しばらくのあいだじっと眺めた。
菜々子は砂場のそばに置かれたベンチに座り、本を読んでいる。彼女は読書が好きだった。
優菜はプラスチックのスコップを持って砂場で遊んでいる。砂遊びが大好きだった。
待ち焦がれたふたりの元気な姿に、遠くから見るだけでは満たされるはずなどなかった。
ふたりの様子をすぐそばで見たくなり、一歩一歩、足を踏み出す。
「あ、いたたた」
腰だけでなく、膝も痛かった。それでもどうにか砂場まで歩いた。
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