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優菜は砂場で団子をつくっていた。
そうだ。砂場でままごとをしたことがあった。あのころは面倒で耐えられなかったのに、いまはぜんぜん違った。
遊んでやりたい。
目の前にいる娘になんと声をかけようかと佇んでいると、気がついた優菜が気さくに話しかけてきた。
「おじいさんも一緒にやろうよ」
「うん」
もちろん即答した。それから砂場に入ると優菜の前にどっこいしょっ、としゃがみこむ。
「いらっしゃいませ。いま、お団子つくりますからね。ちょっと待ってください。おじいさんとクマさんはお客さんですよ」
優菜は大人の言葉を真似るように言う。
クマのぬいぐるみが砂場のへりに置かれていた。手に取ると、茶色の毛がキラキラと光った。ずいぶん砂にまみれていた。
ずっと待っていたんだ。
ぬいぐるみについた砂をはたくと隣に座らせた。
「おじいさん。はい、どうぞ。クマさんもどうぞ」
返事をする間もなく、すぐに団子が渡された。優菜の傍らには水が入ったバケツがあり、その水で砂を湿らせてつくっていた。団子はおむすびのようにしっかり握られていた。
「むしゃむしゃ」
そう言いながら、食べるふりをする。
「おいしい?」
「おいしいとも。ずっと食べたかったんだよ」
「わぁ、よかった。たくさんつくるから、おかわりしてくださいね」
娘は小さな歯を見せて笑った。
「あら、すいません。うちの子の相手をしてもらって」
見上げると、いつしか菜々子が読書をやめ、太陽を背にすぐそばに立っていた。光を浴びた妻は眩しく、熱を帯びた俺の視界がぼやける。
なんて幸せなんだろう。ああ、この瞬間が永遠につづいて欲しい。
「おじいさん。なんで泣いてるの?」
優菜の声に我に返った。気がつくと涙が流れていたようだ。
「お団子がおいしかったからだよ」
そう言って娘を見た。彼女は顔を輝かせると俺に背を向け、また団子をつくりはじめる。
「おじいさんはよく来られるんですか?」
優しく微笑みながら妻が聞いた。
「いや、わたしは……」
なんと言えばいいのだろう。すぐに家に帰りなさいと教えたかった。だが、この世界に来る前に聞いた話では、なにをしても歴史は変わらないということだった。それならば、
「ずっと以前に来たことがあって……。そう、妻と娘と三人で。もうずいぶん昔の話です」
正直に打ち明けた。
「昔……ですか? この公園は出来てまだ間がないんですよ。もう、おじいさんたら、真面目な顔してからかわないでくださいよ」
菜々子は声を立てて笑った。そんな彼女を見ていると、俺も愉快な気分になった。するともっと知りたくなる。
「ところで、ご主人はいまどこに?」
いまごろ家で横になっているはずだ。菜々子はそのことをどう思っていたのだろうか。
「あのひとなら、家にいますよ」
菜々子は不思議そうに首を傾げた。どうしてそんなことを聞くのだろうかという顔をしている。
「そうでしたか。一緒だったらよかったのにね」
最後のほうは砂場で遊ぶ優菜の背中を見て言った。
「二日酔いだから無理して来ても遊べないと思います。でも、来週はこの子と遊ぶ約束をしてましたから。だから、いいんです。この子はあのひとのことが大好きですから」
彼女が白い歯をこぼす。娘はせっせと団子をつくっている。俺のために。
「不躾なことを聞きますが、あなたはいま幸せですか?」
どうしても気になっていた。あのときの菜々子の言葉が胸に刺さったままだった。
「ええ。もちろん。幸せですよ」
菜々子の微笑む姿に、また目の奥が熱くなった。
「それならよかった」
心からそう思った。
「どこかでお会いしました?」
菜々子が俺の顔をまじまじと見た。
「あ、いや……」
幸せだった。その言葉を胸の中で噛みしめていた。
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