15人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
ラストチャンスの旅は終わった。
けっきょくあの日の過去に戻っただけでなにも変わらなかった。
俺はふたたびひとりの生活に戻った。虚しさだけが残った。
もう一度、菜々子に会いたい。優菜と砂場で遊びたい。
ぼんやり窓の外を眺める。俺の頬に涙が伝った。とそのとき、稲光が走った。すぐに凄まじい雨粒が窓を叩く。割れんばかりの雷鳴、殴りつけるような強風に煽られ、家はぐらぐら激しく揺れはじめた。
轟音が耳を裂いた。
ついに屋根が吹き飛び、篠突く雨が全身を打った。
ずっと俺を守ってきた家はついにその役目を果たすようにぼろぼろと崩れはじめた。
激しい嵐に俺は怯え、震えた。もうダメだとあきらめたときだ。
時が止まったように嵐は静まった。雨はあがり光が差し込む。
恐るおそるガラスがなくなった窓枠から外を見る。
ハッとした。破れた家の窓から空に向かって、とてつもなく巨大な虹がかかっていた。その向こうに光が見える。その光を背に虹の上を歩いてくる人影がふたつ。
大きな影は菜々子。その影と手をつないで歩く小さな影は、優菜だ。
ようやく俺は待ち焦がれたふたりを迎えた。
「優司くん、迎えに来たよ。いつまでそこにいるつもり」
「こっちこそ待ってたんだぞ。ずっと待ってたんだ」
やっと会えた。もうひとりで部屋に閉じこもる必要はなくなったんだ。
「パパ。病気は治ったの?」
優菜があどけない笑顔で聞いた。
ははは、あれは病気じゃないよ。二日酔いだ。とっくに治ってるよ。
「優司くん。今度の休みは、優菜と遊んでやってよ」
ああ。わかってるって。ずっとそのつもりだったんだ。
ようやく家から一歩を踏み出す。すでに屋根も壁もなくなっていた。だけど大丈夫だ。もうここに戻ることはない。これから行く世界にウィルスはいないはずだから。
「パパ」優菜が俺の手を取る。「優司くん」菜々子が俺の手を握った。
俺はふたりの手を握りしめると、歩きはじめた。
最初のコメントを投稿しよう!