駐車場に姫がいる

3/9
前へ
/9ページ
次へ
 手にしたコンビニの買い物袋が、ドサっと地面に落ちた。袋の口からタバコと二本のアイスコーヒー、シュークリームが見上げるように覗いている。  駐車場を見渡せば、さっきまでの男の姿はおろか、車一台見当たらない。  所詮マッチングアプリなんて、こんなもの──。  ミチルは心の中で吐き捨てると、手にしたスマートフォンを睨み付けた。  思えば怪しいことも多かった。  彼から声が掛かったのは、プロフィールに限定のフィギュアを持っていると書いた瞬間だった。仲間内へのちょっとした自慢と、仲間を増やせたら、という願いもあってのことだった。  フィギュアを抱え、胸を弾ませて待ち合わせに行ってみれば、お迎えに来たのは真っ白なスポーツカーに、茶髪のイケメン。  恋愛経験の乏しいミチルにとってみれば危険な香りもしていたが、車内に流れていたのは、お気に入りのアニメソング。 「ミチルさん、お世辞抜きで、かわいいね」  少し神妙な面持ちで放たれた彼の言葉に、ミチルは、あっという間に虜になった。  ゲームセンターでクレーンゲームをやって、ランチをして。ドライブに、こんなに自然あふれる長閑(のどか)な田舎道を走って。 「喉渇いたね。ちょっと、みぃたん飲み物買ってきて」  呼び名も、知らないうちにみぃたんへと昇格した。  ご機嫌でコンビニに入り、普段は飲まないアイスコーヒーを二本。気を利かせてシュークリーム、女子力を見せるため、さり気なく彼の吸う銘柄のタバコを一箱──。  駐車場に出て見れば、さすがは田舎道。  若草と土の香りだけが、ミチルを包み込んでいた。  完全に騙された──。  時折吹く風が、道路脇の雑草を揺らす。  彼もいない。フィギュアもない。  これは現実か。  雑草は風に吹かれ、頷くように何度も頭を振っていた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加