回想1

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 一瞬呆気に取られたが、すぐに意味を汲み取ることができた。  そのよく聞かれるという相手は、十中八九うちの生徒だろう。  だとしたら、譲さんの捉え方とは逆の意味で訊かれているに違いなかった。  好意を持つ相手に対してのリサーチだと、全く気付いていない。 「それって、僕なんかに恋人がいる訳ないって思われてるって事だよね?」  譲さんは不満そうにそう言って、椅子の背凭れに身体を預けた。  違うだろうと思いつつも、笑って頷いた。  本当の事を教えて、わざわざ意識させる必要はないと思ったからだ。 「そうですね」 「やっぱり」 「俺は、そんな事は無いと思いますけど」  貼り付けた笑みのまま、上辺だけの返答をした。  心は篭っていないが、嘘は言っていない。  現に、ウチの生徒たちにはモテている。 「でもさ、本当によく聞かれるんだよ」  その言い方からして、かなり言われているようだった。  こうして、俺との何気ない会話で相談をするくらいには。 「それだけ先生が人気者という事なんじゃないですか?」  これもまた嘘ではなかった。  下心の有無に関わらず、人気がある事には変わりない。  しかし、譲さんは間違った捉え方をするだろうと確信もしていた。 「そっかぁ」  ポン、と手を叩いて簡単に納得してくれたのは良かったが、あまりにも単純で心配にもなった。  自分で言うのもなんだが、こんなに胡散臭い事をいう奴はもう少し疑って欲しとも思う。 「それで、聞かれて何て答えていたんですか?」  何でもない事のように、一番気になっていた事を訊いた。   「いないですよね?」と言うのは同感だったが、譲さんの口から聞きたかった。 「適当にはぐらかしておいたよ」  譲さんは面白くなさそうにそう言って、ふぅと小さく息を吐いた。  よほど、中学生にモテないと思われたのが気に障ったらしかった。  意外にガードが固いんだな、と思ったのも束の間、何かに気付いたように顔を上げた。 「でも、人気者のバロメーターだったのなら真面目に答えておくべきだったかな」  と呟くのを聞いて、そうでもないか、とすぐに考えを改めた。  そして即座に、譲さんのその考えも改めてもらわなければならないと思った。 「ちなみに、『恋人はいるんですか?』」 「おっ、早速きたね。『いません』だよ」  軽口半分に訊ねてみると、譲さんは嬉しそうに身を乗り出して答えた。  あまりにも軽すぎて脱力してしまった。  皆の憧れの先生の個人情報が、こんなに簡単に手に入って良い筈がない。  しかも、「いない」と分かったら、その座に納まりたいと考える輩がいてもおかしくはない。  中学生だと思って甘く見て、痛い目に合う可能性も十分にあった。  譲さんよりも体格が良くて力の強い生徒もいるのだ。  このふわふわした人に、効果的な抵抗ができるとは到底思えなかった。  否、しかし。  そんな状況に陥る危険性は、「いる」という返事をしても同じだと気付いて無性に焦った。  鍵の掛かる部屋に譲さんと二人きり、というシチュエーションに興奮する奴など、この学校には吐いて捨てる程いるだろう。 「いいんですか? こんなにあっさり教えても」 「何か支障がある?」  疑問を口にすると、譲さんは不思議そうに首を傾げた。  その仕草が可愛らしく思えてしまい、心拍数が上がったように思えた。  この人は、事の重大さが全く分かっていない。  軽く息を吐いてから、何とかせねば、と思考を巡らせる。 「生徒の立場としては、はぐらかしてくれていた方が楽しいんじゃないですか?」 「そうなの?」  嘘だよ。と心の中で呟きながら大真面目な顔で頷いて、柔らかい口調で続ける。 「簡単に出る答えには、大した面白みはありませんから」 「なるほど」  俺の口から出任せに、譲さんは感心しきったように納得した。  単純すぎて心配になる。  と同時に、やはりプライべートな情報を不特定多数の輩にばら撒くべきではないと強く思った。 「分った。生徒さんの楽しみは奪わない事にする」 「それが良いと思います」  何やら意気込む譲さんに念を押して微笑んだ。  それにつられてニコニコと笑う譲さんを見て、この人を絶対に手に入れたいと思った。
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