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約束
あと数日で高校の卒業式を迎えるという、曖昧な時期の最後の登校日。
俺・西原祐斗は、大切な人との時間を過ごしていた。
「君にあげたいものがあるから、卒業式の後、少し時間をもらえないかな」
高等部と同じ敷地内ではあるが別棟に設けられている中等部の保健室で、養護教諭の高間譲さんはミルクティーの注がれたマグカップを両手で包み込むように持ちながら笑顔でそう言った。
中高一貫教育のうちの学校では、中等部と高等部の共同で使用する施設と、それぞれ別に用意されている施設がある。
保健室は後者で、それぞれの校舎付近に設置されている。
男子校らしくどちらも男性の養護教諭だが、中等部の高間先生は優しい性格と中性的な見た目から人気が高い。
実年齢よりも確実に若く見られる可愛らしい容姿と柔らかい雰囲気は生徒受けが大変良く、友達感覚で保健室を訪れる生徒も少なくは無い。
かくいう自分も、そのうちの一人であった事は否定のしようもない。
中等部でも高等部でも生徒会に属し、生徒会長を務め、そつなくこなしてきた。
負担に感じた事はないが、特段楽しいとも思わなかった。
ただの学園生活の一部にすぎない。
多少の不満はあっても具体的な行動を起こす程でもなく、現状維持に何の疑問を抱くことはなかった。
譲さんとの出会いにバチバチとした運命的なものは感じなかったが、彼と過ごす時間の漠然とした安心感が心地よくて、今まで自分がとても疲れていたのだと実感すると同時に、誤魔化しきれない好意を抱いている事も自覚した。
空いている時間があれば癒しを求めて保健室へ足が向かうようになり、気付けば日課のように通い詰めていた。
三年前の今頃、俺が中等部を卒業するタイミングで互いの気持ちを知り、俗にいう「お付き合い」が始まった。
付き合う、と言っても何をする訳でもない。
たまにそういう雰囲気になる事もあったが、基本的にはただこうして、時間を見つけて保健室で会って話をするだけだ。
授業の事、将来の事、家族の事。
職業柄、聞き上手な譲さんにはつい何でも話してしまう。
俺にとっては、その温かい時間が何よりも大切だった。
保健室の奥にある、備品の在庫や使わない機材を収納している小さな部屋の空スペースに、小ぢんまりとしたテーブルと椅子が置かれている。
俺と譲さんは、そこに向かい合って座っていた。
まだ俺が中等部の生徒だった頃から、譲さんとは二人きりの保健室でこうして過ごしている。
変化があったとするなら、二人の関係と身長差くらいだろうか。
出会った頃はオレの方が低かった背は、一年程で追い抜いて、今は3cm程の差がある。
「勿論です」
卒業のお祝いの品でも用意してくれているのだろう、と容易に予想ができた。
当然のように共に過ごそうとしていたが、念を押すように約束をしてくれる律儀な性格に、思わず顔が緩む。
「じゃあ、僕は家で待ってるから、手が空いたら来てくれる? 大きなものだし準備も必要だから、学校では渡せないんだ」
ほっとしたようにそう言う譲さんの言葉に違和感を覚えた。
学校では渡せない程大きな物とは?
しかも、準備が必要?
その口ぶりから、自分が想像しうる祝いの品ではなさそうだ。
そもそも、何故別行動前提なのだろうか。
当日は譲さんも出勤している筈だ。
確かに、今まではどこで誰に見られているか分からないから、外で会う事に慎重だった。
在学中ならともかく、卒業後なら一緒に下校しても差し支えないだろう。
「駄目かな」
違和感について考えていると、その沈黙を不審に思ったらしい譲さんが不安そうに首を傾げた。
十も歳が上とは思えない可愛らしい仕草だ。
「駄目ではないですけど、そんなに大きなものなんですか」
「そうだね。両手でようやく抱えられるくらいかな。もしかしたら、それも難しいかもしれない」
唇に指を当てて、「んー」と険しい表情になってしまった。
身に付けるものや、ケーキ等の食べ物程度を予想していただけに、両手で抱えられるかどうかも怪しいくらい大きな祝いの品なんて、見当も付かない。
「そんなに不安そうな顔しなくても、返品も受け付けるから大丈夫だよ」
顔に出てしまっていたらしく、譲さんは「安心して」と笑った。
人から、まして譲さんから貰えるものを返品なんてする訳がないというのに。
「そういう心配ではなくて、高価な物だったら申し訳ないと」
「全然。大したものじゃないから」
ひらひらと掌を振りながら、相変わらずのフワフワとした笑みで譲さんが言う。
「前に約束をしたの、憶えてる?」
静かにそう言った譲さんは、まるで試すような瞳でこちらを見ていた。
予期しない真剣な眼差しに捉えられて、僅かに緊張が走る。
今までに交わした、譲さんのと会話が激流のように頭の中を駆け巡っていく。
その中で、言葉の渦に飲み込まれることなく浮かぶもの。
俺が憶えているそれは、譲さんの言う「約束」と同じものだろうか。
「その約束のものだよ」
すっと細められた瞳の奥が、迷うように揺れていた。
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