episode 5

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どうしてこんな所に、と疑問に思って、洗面所が此処の部屋から近い事に気が付く。部屋に帰ろうとした間際、気になる会話が聞こえてしまったという感じなのだろうか。視線の先の麗二様は後退りする様にドアの所から離れた途端、タタタッと駆けて行った。話の続きが気になる、先ずは彼を追いかけなければ、と思った私は慌てて彼の後を追いかけた。 『ーー…麗二様、いらっしゃいますよね。ドアを開けて下さい』 お願いします、と締まり切った扉をノックし続ける。しかし、扉の向こうの彼は鍵を完全に締めて一切の応答を見せない。そして、少しの間が空いてようやく『もう嫌だ…』と悲痛な声が漏れてきた。 『学校も家も、何処にいても苦しい。嫌な大人ばかりだ。琥珀を引き離した父さんはまだ許せないけど……父さんが居なくなって一人ぼっちになるのはもっと嫌だ』 『ーーー………』 掛ける言葉も見つからなかった。 スッと手を下ろし、無言で足元を眺める。彼の心を支えてあげたいなんて思ったとしても、私はその時、結局彼に何の言葉も与える事が出来なかった。なんて情けない。 そして、静かになった扉の前で、私は何も言わずに壁に凭れ掛かる様に座り込んだ。麗二様は、その日を境に必要最低限部屋から出る事を避ける様になった。 ________ ___
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