泡沫の夢 〜異世界転生ものがたり〜

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「お迎えの時間になりました。元いた世界に戻りますか? それともこの世界に留まりますか?」  ヴォイドがギルドで祝杯をあげていると、ギルドマスター兼道先案内人のペディが声をかける。  ヴォイドこと左江内望(さえない のぞむ)はブラック企業の中堅社員だった。数日ぶりに終電に間に合ったあの日、途方もない虚しさと積み重ねていた希死念慮が背中を押し、左江内は電車が到着するタイミングを見計らって、駅のホームから飛び降りた。  後悔はない。アラフォーになっても女っ気なし、人望なし、趣味なし。貯金だけは溜まっていくが、金を使う時間もなし。生きる目的などとうに尽きていた。  ああ、これで安心して眠れる。  と思っていたが、左江内が次に目を覚ましたとき文字通り別世界が広がっていた。  澄みやかな大自然。牧歌的な服を身にまとう人々。すべてが自給自足の世界。どことなく北欧の雰囲気を思い出させる。  しかし左江内のいた世界と決定的に違う生き物が、のどかな村の空上を飛んでいた。 「あれは……ドラゴン?」  幼い頃、ゲームでプレイした世界がそのまま目の前で再現されている。ナンバリングされたシリーズものだ。左江内は特に四作目の『泡沫の夢』が好きだった。カセットが擦り切れるまでプレイしたことを今でも鮮明に覚えている。 「起きられましたか? ヴォイド様」  中世的な声が背後からかけられる。はっとした左江内は声のほうを振り向く。そこには薄桃色のエプロンとおさげの青い髪が特徴的な青年が立っていた。  やはりそうだ、と左江内は膝を打つ。ここは『泡沫の夢』の世界だ。主人公である勇者の名はヴォイド。そしてこの中世的な人物の名はーー。 「私はペディと申します。麓の街にある小さなギルドのギルドマスターです。ヴォイド様、私があなたをサポートするので、何かあれば気兼ねなく話しかけてくださいね」
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