Ⅱ 実りのない村

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「ほんとうに魔女って竹箒で空を飛べるのね! こんなに感激したのは生まれて初めてよ!」  興奮冷めやらぬミュゲに苦笑いで返す。  もちろん、ミュゲに合わせて歩くスピードで低空飛行。リアだけ乗せて、わたしは歩いて帰ってきた。  クリザンテムさんは居間でうたた寝をしていた。だからミュゲが出て行ったことも帰ってきたことにも気づいていないようだった。  リアをベッドに寝かせて、もう一度ズボンを捲る。  明るい部屋では、はっきりと判る呪い。  目を凝らせばただの闇色ではなく、蜘蛛の巣のような線が刻まれていた。 「ミュゲ。薬って」 「痛みが和らぐ湿布を持ってきたから、患部に載せてあげてちょうだい」  しっとりとした白い布を渡される。ほのかに薬草のようなにおいがした。  接着剤がなくても、湿っているおかげでぴたりと肌に密着する。 「う……」  リアが呻くように声を漏らした。 「あとは額に当てるように冷たい水とタオルを持ってきたから、使うといいわ」 「何から何までありがとう」 「目が覚めたら教えて。湿布と同じ成分の飲み薬もあるから」  ミュゲが部屋から出て行く。  わたしは空いている方のベッドに腰かけた。  指先に、ほのかに薬のにおいが残っている。  独特なにおいだ。  珍しいものなのかもしれないというのに、惜しみなく渡してくれるなんて親切にもほどがある。  ちゃんと使った分は対価を支払わなきゃいけないだろう。 「それにしても、ミュゲはしっかりした子ね。リア、あなたもそうだったけれど」  つい語りかけるようにしてひとりごちてしまう。 「大人しくて、聞き分けがよくて、物覚えがよかった」  リア。  最初の頃はよく熱を出して倒れていたものだ。  たくさん食べられるようになった頃から、ぐんぐん成長していった。  農作業もすぐに覚えたし、積極的に家事もしてくれた。  文字を教えたらあっという間に本も読めるようになった。  声変わりの始まる頃には、リア主導で行う農作業もできたくらいだ。  美味しいものを見つけては活き活きと報告してくれたし、お酒の飲みすぎも注意してくるようになった。   「時々思い出して重ねることはあったけれど、あなたと王子は別の人間だって日を重ねるごとに強く感じるようになった。それなのに、……」  少しだけ眉間の皺が和らいだリアを見つめる。 「全部ひとりで抱えてきたなんて信じられない。絶対に、呪いを解いてみせる。あなたを解放してあげる」  ようやく、始まったばかりの旅の意味が自分のなかに降りてきたような気がした。  眠気に襲われてベッドに横になる。  今はリアの回復が最優先だ。  あの鉱山らしき場所へは、日を改めて行けばいい。  ――ところが。 「……今日で5日目、か」  時々呻き声をあげるものの、リアは一向に目を覚まそうとしなかった。 「まだ苦しんでいるの?」  部屋に入ってきたミュゲがリアに近づいて床に膝をつき、ベッドへ腕を載せた。  リアの顔を覗き込む。 「薬は効いてると思う。ただ、こんな風に呪いが発動しているのを見たのは初めてだから、どうなるかは分からない」 「魔女だからって呪いを解けるものではないのね」 「呪いと魔法は、違うから。呪いはかけた本人にしか解けない。もしくは、呪いを解くための道具でしか」 「ふぅん」  ぷに、とミュゲはリアの頬を指で押した。  それから肩越しに振り返る。 「ねぇ。あたしに、魔女の素質は、ある?」 「うーん。どうだろう。でも」  わたしは立ち上がってミュゲの隣に座った。  リアの顔を見つめながら、続ける。 「この村を出て行きたいから魔女になりたい、っていうならやめた方がいいと思う。素質があっても試練で命を落とす人間はたくさんいる。よほどの覚悟がないと、魔女にはなれない」 「ジャンには、よほどの覚悟ってやつがあったの」 「そうだね。あった」  そのままわたしはベッドに顔を突っ込む。  すると髪の毛の上に何かが乗った。  顔を上げると、するりとそれが降りてきて頬に触れる。よく知った感触……つまり、リアの手のひら。 「……僕はどれだけ眠ってた?」 「リア! 飲み薬を持ってくるわ!」  すっとミュゲが立ち上がって部屋を飛び出して行った。 「今日で5日目。リア。どうして教えてくれなかったの」  呪いのことを。と、最後まで言えず口ごもる。  菫色の瞳にはわたしが映っている。  この色から見つめられると、何もできなくなるのだ、わたしは。 「そんな顔になると思っていたからだよ」  そして、ふっとリアの口元に笑みが浮かんだ。 「予想通りだった。ごめん」 「リアのばか」  視界が揺らいでいるのは瞳に涙が浮かんでしまっているからだろうか。 「飲んでちょうだい。痛みが和らぐから」  戻ってきたミュゲが木のコップを差し出すと、リアはゆっくりと上体を起こした。 「ミュゲ。薬代を支払うから、あとでいくらになったか教えて」 「要らないわ」 「でも」  言葉を遮って、ミュゲがわたしに抱きついてきた。  勢いのあるやわらかさ。ぎゅっ、と力強く、しがみつくように。 「この薬の原料こそ、あの山の奥にあるの。お願い。あたしを、この村から連れ出して」
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