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地下牢への幽閉。
城の地下に、窓のない閉ざされた空間があることは知っていた。
だけど、まさか自分がそこに閉じ込められるなんて思ってもみなかった。
足枷をはめられ自由を奪われたわたしは、おそらくそれらしい理由をつけて処刑されるのだろう。
もはやこうなってはどうすることもできない。
「しろがねの令嬢なんて呼ばれていたのが、嘘みたいだわ……」
独り言も自嘲ばかり。
名前の由来となった銀色の髪は艶を失い、肌もがさがさに荒れていた。
それでも。
『ジャンシアヌ。今年も見事な睡蓮が咲いたから、観に行こう』
瞼を閉じれば優しかった頃の王子を、笑顔を、思い出す。
『君の冷静さにはいつでも助けられている。これまでも、これからも』
婚約破棄を告げたときの王子は、正気ではなかった。
瞳に浮かんだ蜘蛛の巣のような模様……。
どう考えても犯人はアコニ・グルナディエだ。
グルナディエ家は呪術の研究をしていると耳にしたことがある。どうやって王子を呪いにかけたのかは分からないけれど、言葉巧みに近づいて絡めとっていったのだろう。
だけど、だからこそ。
打つ手なし。
今のわたしには、少しでも穏やかに死を迎える努力をするしかなかった。
「……?」
ところが。
冷たい壁に背中を預けてじっとしていたら、大きな足音が段々近づいてきた。
「ジャンシアヌ様! 助けに来ました!」
「……イリス……?」
息を切らせながら地下へ飛び込んできたのは、乳兄弟のイリス青年だった。
手にしていた鍵の束で扉を開け、わたしに近づくと膝をつく。
そして足枷までも外してくれた。じゃらり、と枷が床に落ちて転がる。
イリスは躊躇うことなくわたしの両肩に手を置いた。
忘れかけていた他人の体温に、思わず鼻の奥が痛む。
「今の時間帯、門番は私が懇意にしている者です。今なら逃げ出せます。さぁ、早く!」
琥珀色の髪は乱れているものの、同じ色の瞳は力強い光を湛えていた。
物静かで控えめな青年だと思っていたイリスの手は力強く、弱り切ったわたしにとってはとても温かなものだった。
そのまま手を引いて連れ出され、地下通路を進んでいく。
「この隠し通路から外に出ましょう」
「イリス。お父さまやお母さまは。お兄さまは、……」
「何も訊かないでください。ジャンシアヌ様が生き延びることこそ、フォイユ家に残された唯一の希望です」
「待ってちょうだい。イリス、いったい何が起きているというの?」
答える代わりに、イリスはわたしのことを抱きしめてきた。
「どうか、今だけはお許しください。……私はずっとジャンシアヌ様のはしばみ色の瞳が、まるで宝石のようだと見惚れていました」
「……イリス?」
「あなたは、私の希望でもあります。最初で最後のお願いです。どうか、生き延びてください」
地下通路を這うように登った先で、勢いよく体を押し出される。
よろめきながら立ち上がると、そこは小高い丘だった。
紺色。藍色。闇色の空。
月と星が静かに輝いている。
数日ぶりの外の空気を吸い込むと、待っていたかのように全身が震えた。
「だとしたらお願い。イリスも一緒に来て……イリス?」
振り返ると穴は閉ざされていた。最初から何も、なかったかのように。
「どうして」
足枷から解かれた足首がようやく痛みを訴えてきた。
力が抜けてその場に座り込む。
すると後方で、丘の下の方で、激しい警笛が鳴り響いていた。
「……どうして……」
一瞬前までは闇に包まれていた筈なのに、高く昇るのは火柱と煙。
わたしはそれが何なのかをよく知っていた。
「フォイユ家の館……」
それが、何を意味するのか。知っていた、わたしは。
アコニ嬢を迫害したことなんてない。
愛想のないわたしと違って愛くるしく、ある意味、王子とお似合いだとすら思っていた。
それなのに、どうして?
わたしがすべてを失わなければならかったのだろう……?
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