Ⅳ 魔女集会

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 光を浴びながら、わたしは静かに立ち上がる。 『ジャン』  シュカが耳元で囁いてくれたおかげで、強く拳を握りしめていたことに気づく。  黒い瞳に視線を合わせて頷いた。  大丈夫。わたしは、大丈夫。  そう、心のなかで繰り返す。  背筋を伸ばして舞台へと顔を向けた。   黒い影が、ゆらりと揺れる。 『土の魔女、ジャンシアヌ。貴女はこの者を保護していますね』 「はい」  好奇、疑問、その他諸々。  様々な視線がわたしに絡みついてくるけれど、かまうものか。  立ち上がったときに、覚悟は決めた。  黒い影は静かに問いかけてきた。 『貴女は、この者の魂を見たことがありますか?』 「……魂?」  眉をひそめた、ときだった。  ぶわぁっ!!  舞台から突風が吹いてきて咄嗟に両腕で顔を守る。  風が止み、腕を下ろすと。 「……!」  リアの頭上に浮かんでいたのは、まるで鳥かごのような蜘蛛の巣だった。  黒。紺。紫。  光は一切なく、滲んだ闇で構成されている。  それは、あまりにも禍々しい色合い……。 『今見えているのは、ネニュファール・ユイット・グレーヌにかけられた呪いです』  背筋に冷たいものが走る。  リアはこんなにおどろおどろしいものを身の内に宿していたというのか。  それなのに、いつも平気なふりばかりしていたなんて。  ……同時に思い出したのは、リアから前世の記憶があると告げられたときの言葉だ。 『ネニュファールが死ぬときアコニはひとつ呪いをかけた。その生まれ変わりが20歳になったとき、不幸の底に落ちる呪いを』 『あと2年で呪いを解かないと、僕は前世以上に非業の死を遂げる』  呪い。不幸。非業の死。  黒い影は、さらに続けた。 『この呪いがネニュファール本人のみを呪うものであったなら、我々は彼の魂を保護しようとはしなかったでしょう。大前提として、魔女と人間は関わり合いをもたないからです。つまり、この呪いは、人間ひとりを対象としたものではないのです』  ざわざわ、と周囲から静かなどよめきが聞こえる。  わたしも内心動揺していた。  だからこそ、できるだけ声のトーンを下げて、影へと問いかける。   「一体それはどういう意味ですか。もしかしなくても、招待状に書かれていた『世界の秩序と安寧』というのは……彼の呪いを解かないと、世界に影響を及ぼすということですか」  言葉をうまく紡げない。  喉が渇いて、ひりひりする。唾を飲み込むこともできない。 「呪いを解く唯一の方法はグルナディエ王国にあると、彼本人から聞いています。彼の前世、ネニュファールが非業の死を遂げた王城ではないかと……わたしは考えます」  だからこそ。 「わたしは、彼を導きたい」  復讐とは反対の感情だ。  すべてを奪われたというのに。  甘いだろうか。  それでも、わたしは今度こそ――  リアの言葉が蘇る。 『ネニュファール・ユイット・グレーヌはジャンシアヌ・フォイユを最後まで愛していた』  ――信じたいのだ。  そして、守りたい。  だけど。  わたしの決意とは真逆に、影からもたらされたのは残酷な断定だった。 『呪いを解く方法はありません』 「え……?」 『いえ、正確にはたった一つ存在します。それは、グルナディエ王国のどこかに存在する女神の聖剣で、彼の心臓を一突きにすることです』  今、何て言った?  目に見えない鈍器で後頭部を殴られたような、気がした。 『それ以外の死や、生きたまま20歳の誕生日を迎えた場合は、魂に刻み込まれた呪いが世界中に広がってすべての生きとし生けるものが滅びます』  黒い影の声が反響して、意味が入ってこない。  舞台上のリアは一切動かない。もしかしたら意識がないのかもしれない。  知っていて話してくれなかったのだとしたら、残酷すぎるにもほどがある。  お願い、リア。  何か言って。 『彼を正しく死へと導くために、魔女集会ではそれまでの期間の保護を求めているのです。土の魔女、ジャンシアヌ』  
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