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「ジャン!」
「ミュゲ! 無事でよかった……」
ドアノブに手をかけた瞬間、飛び出して抱きついてきたのはミュゲだった。
魔女集会後、スケアクロウに案内されたのは、館内の豪奢な客室。
部屋の奥からシアがとことこと歩いてくる。わたしの足元までくると、しっぽを足に絡ませてきた。
『お疲れ、ジャン~。大変だったみたいだね~』
「シア。これは一体、どういうことなの?」
わたしは困惑を隠せない。
舞台上にリアが現れたとき、ミュゲを探しに出てくれたのはシアだ。
それなのに、ふたりとも館内のこんな場所にいたなんて。
『部屋の奥を見てごらん~』
「……!」
天蓋付きのベッドに寝かされていた人物こそ、リアだった。
弾かれるように部屋へ入り、ベッドの脇に両膝をつく。
リアはしっかりと瞼を閉じ、安らかな寝息を立てている。顔色も悪くはない。
枕元では香が焚かれていた。ほんのり甘く独特なこの香りは、苦痛を緩和するために用いられるものだ。
わたしは一気に力が抜けて、ベッドの端に突っ伏する。
聞いたばかりの話は胸の内に重たい鉛となって落ちていた。
「連れてきたのは、アタシだよ」
聞きなれた声に、肩越しに振り返る。
部屋の入り口に立っていたのは他ならぬ、お師匠さまだった。
「そんなこと、一言もおっしゃられてなかったですよね……?」
「アタシを誰だと思っているんだい」
「……大魔女、シャルドンさまです」
ふふ、とお師匠さまが妖艶な笑みを口元に浮かべた。
「他の魔女よりは、アンタも安心するでしょう?」
「おっしゃる通りです。お師匠さまなら、中立に事を運んでくれるでしょうから」
『中立』、という言葉に力を込める。
わたしはわざとらしく溜め息を吐き出す。
つまり、お師匠さまは全て知っているのだ。これだから魔女は信用ならない、油断できない。
「ジャン、ジャン。シャルドンってすごいのね! ジャンじゃできなさそうなたくさんの魔法を見せてもらったわ!」
この場にそぐわないテンションでミュゲが話しかけてきた。
今までに見たことのない興奮した様子だ。
魔女に憧れているミュゲにとって、お師匠さまは想像通りの魔女だったのだろう。
『何もないところに火や水を出したり、キャンディーの雨を降らしたりしたもんだから、それはそれはすごい喜びようだったよ~』
『ジャンじゃできなさそうな、というのが何とも』
「シュカ。分かってるから、つっこまないで」
もう一度溜め息を吐き出す。
「ただ、ミュゲの様子から分かるわ。リアにもミュゲにも、危害は加えられていないということは」
魅了や洗脳の魔法をかけられている可能性がない訳ではないが、お師匠さまは己のプライドから絶対にその類の魔法を行使しないのだ。
あくまでも、自分自身の性質で相手の懐に入り込む。
だからこそ彼女は今の地位を築いているのだ。
立ち上がって、わたしはお師匠さまに向かい合った。
「ありがとう、ございました。色々と」
「礼を言われるようなことはしてないけどねぇ。今晩はここに泊まるのをお勧めするわ。外に出たら、マグノリアを狙う輩がわんさかいるでしょうし」
「……はい」
「アタシも別の部屋にいるから、何かあれば呼んでちょうだい」
お師匠さまが身を翻すと、金髪がふわりと揺れた。
去って行くのを見届けて、扉を閉める。
そのまま、ずるずると扉にもたれかかって腰を下ろした。
両膝を折り顔を埋める。
「ジャン、安心して。シャルドンはあたしたちを守ってくれたの」
ミュゲの声が近い。ミュゲなりに察して、わたしを慰めてくれているのが痛いくらいに伝わってきた。
「美味しいお茶を淹れてあげるわ。シャルドンって、ジャンの、魔女の先生なんでしょう? 昔好きだったっていう茶葉を用意してもらっているの。それから、ジャンが好きだったっていうクッキーもあるのよ」
ぱたぱたとミュゲが部屋から出て行った。
どうやら魔女集会が開かれている間に、ミュゲはこの館になじんでいたようだ。
静まり返る室内。
シュカがわたしの肩にのり、シアがわたしの体にすり寄ってくる。
『グルナディエ王国のどこかに存在する女神の聖剣で、彼の心臓を一突きにすることです』
『出会ったときに話していなかったことがもうひとつある。前世の記憶を得たとき、同時に僕はマグノリアとして生を受けて8年だと気づいた。つまり、あと2年。あと2年で呪いを解かないと、僕は前世以上に非業の死を遂げる』
「……リア……。最初から、すべて知っていたというの……?」
自らの死しか、選択肢がないということを。
そして、その選択肢を、わたしに託したということも。
「わたしが……かつてあなたに復讐しようとしていたことすら……」
かつて選ばなかった道を選べるのだろうか。
リアはまだ、目を覚まさない。
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