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「え……。今、なんて?」
話があるとお師匠さまに呼ばれたわたし。
今、彼女にあてがわれた客室で、彼女の向かいに座って両手を両膝の上に置いている。
緊張のまま眉をひそめて尋ねると、お師匠さまは呆れたように返してきた。
「言った通りだよ。あの子にはアンタ以上の素質を感じるから、預かって育ててあげる」
「……ミュゲに……魔女の素質が……?」
「本人の了承は得ているわ」
ふたりの間でどんなやり取りがなされたのかは分からない。
一方で、たしかに、ミュゲはお師匠さまに対して感激した様子だった。
だけど。
クリザンテムさんは、わたしだから旅に出る許可を出してくれたに違いない。
安易にお師匠さまへミュゲを託していいのだろうか。
「アンタ、甘いわよ」
その言葉で我に返る。
お師匠さまは深い色のワインを口に含む。それから、その美しい指先でわたしの額をつついた。
「話は聞いたでしょう。アンタごときの実力で、これから、ネニュファールの魂以外も守れると思っているの?」
「そ、それは」
「逆にあの子はアンタの助けになってくれるわ。アタシに預けてくれれば、ね」
『あたしは弟子入りも諦めていないから』
それはミュゲがかつてわたしへ言った言葉だ。
まさか、わたしでなくて、お師匠さまが相手になろうとは。
いったい、お師匠さまは何を考えているのだろう。
というか、何を知っているのだろう。
リアの呪いについて。
「……分かりました」
両手を、膝の上でかたく握りしめる。
「よろしくお願いします。ただ、ひとつだけお願いがあります。ミュゲに、シアを与えてもいいでしょうか」
「黒猫を? 構わないわよ」
「ありがとうございます」
部屋を出ると、廊下にミュゲが立っていた。
わたしはしゃがんでミュゲに目線を合わせる。
「本気なの?」
「本気よ。あたしには素質があるって言ってくれたもの。文字も読めるようになったし、あたしは立派な魔女になるわ」
「忌み嫌われることがあったとしても?」
「人間として生きていても、忌み嫌われることはあるわ。恐れることなんてない」
テラコッタ色の瞳に真剣な光が宿っている。
両手を伸ばして、ミュゲの肩に置いた。
「シャルドンは大魔女だけど気まぐれなところもある。命だけは、大事にして」
「うん」
「それから、シアをあなたの使い魔にする。なにか危険が生じるようなら、シアからわたしに連絡してもらうから」
「うん」
すっ、とどこからともなく現れたシアは、ミュゲに体をすり寄せた。
これで、しばらくは大丈夫だろう。とりあえず。
『よろしくね~』
「ジャン、これからどうするの?」
わたしの表情がこわばっていることに、ようやくミュゲも気づいたらしい。
「行きたいところがあるの。……ひとりで」
ずっと引っかかっていたことがある。
単独行動できる今を、チャンスに捉えるしかない。
「ミュゲ。リアをお願いね。これは、わたしとの約束よ」
「……ジャン……?」
顔は、見ていかない。
後ろ髪を引かれそうになってしまうから。
館の外に出ると辺りはとっぷりと日が暮れていた。
ぶるっと身震いをしてしまう。
ばさばさっと羽音がして、シュカがわたしの肩に留まった。
『何処へ向かうつもりだ?』
「秘密結社フォイユ」
竹箒を呼び出し、夜空に舞い上がる。
『場所は分かっているのか?』
「ううん。だけど、ひとつだけ心当たりがある」
それは、イリスの母方の故郷だ。
人里から遠く離れた地だと聞いたことがある。
その名も――忘却の里。
「100年前のあの日も、こんな色の空だった」
わたしがすべてを奪われた夜。
月も星も静かに輝き、敵でもなければ味方でもないのだと知った。
だからこそ、わたしはリアの味方であり続けたいと、願う。
「死なせたりはしないから、リア……!」
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