Ⅳ 魔女集会

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「え……。今、なんて?」  話があるとお師匠さまに呼ばれたわたし。  今、彼女にあてがわれた客室で、彼女の向かいに座って両手を両膝の上に置いている。  緊張のまま眉をひそめて尋ねると、お師匠さまは呆れたように返してきた。 「言った通りだよ。あの子にはアンタ以上の素質を感じるから、預かって育ててあげる」 「……ミュゲに……魔女の素質が……?」 「本人の了承は得ているわ」  ふたりの間でどんなやり取りがなされたのかは分からない。  一方で、たしかに、ミュゲはお師匠さまに対して感激した様子だった。  だけど。  クリザンテムさんは、わたしだから旅に出る許可を出してくれたに違いない。  安易にお師匠さまへミュゲを託していいのだろうか。 「アンタ、甘いわよ」  その言葉で我に返る。  お師匠さまは深い色のワインを口に含む。それから、その美しい指先でわたしの額をつついた。 「話は聞いたでしょう。アンタごときの実力で、これから、ネニュファールの魂以外も守れると思っているの?」 「そ、それは」 「逆にあの子はアンタの助けになってくれるわ。アタシに預けてくれれば、ね」 『あたしは弟子入りも諦めていないから』  それはミュゲがかつてわたしへ言った言葉だ。  まさか、わたしでなくて、お師匠さまが相手になろうとは。  いったい、お師匠さまは何を考えているのだろう。  というか、何を知っているのだろう。  リアの呪いについて。 「……分かりました」  両手を、膝の上でかたく握りしめる。 「よろしくお願いします。ただ、ひとつだけお願いがあります。ミュゲに、シアを与えてもいいでしょうか」 「黒猫を? 構わないわよ」 「ありがとうございます」  部屋を出ると、廊下にミュゲが立っていた。  わたしはしゃがんでミュゲに目線を合わせる。 「本気なの?」 「本気よ。あたしには素質があるって言ってくれたもの。文字も読めるようになったし、あたしは立派な魔女になるわ」 「忌み嫌われることがあったとしても?」 「人間として生きていても、忌み嫌われることはあるわ。恐れることなんてない」  テラコッタ色の瞳に真剣な光が宿っている。  両手を伸ばして、ミュゲの肩に置いた。 「シャルドンは大魔女だけど気まぐれなところもある。命だけは、大事にして」 「うん」 「それから、シアをあなたの使い魔にする。なにか危険が生じるようなら、シアからわたしに連絡してもらうから」 「うん」  すっ、とどこからともなく現れたシアは、ミュゲに体をすり寄せた。  これで、しばらくは大丈夫だろう。とりあえず。 『よろしくね~』 「ジャン、これからどうするの?」  わたしの表情がこわばっていることに、ようやくミュゲも気づいたらしい。 「行きたいところがあるの。……ひとりで」  ずっと引っかかっていたことがある。  単独行動できる今を、チャンスに捉えるしかない。 「ミュゲ。リアをお願いね。これは、わたしとの約束よ」 「……ジャン……?」  顔は、見ていかない。  後ろ髪を引かれそうになってしまうから。  館の外に出ると辺りはとっぷりと日が暮れていた。  ぶるっと身震いをしてしまう。  ばさばさっと羽音がして、シュカがわたしの肩に留まった。 『何処へ向かうつもりだ?』 「秘密結社フォイユ」  竹箒を呼び出し、夜空に舞い上がる。 『場所は分かっているのか?』 「ううん。だけど、ひとつだけ心当たりがある」  それは、イリスの母方の故郷だ。  人里から遠く離れた地だと聞いたことがある。  その名も――忘却の里。 「100年前のあの日も、こんな色の空だった」  わたしがすべてを奪われた夜。  月も星も静かに輝き、敵でもなければ味方でもないのだと知った。  だからこそ、わたしはリアの味方であり続けたいと、願う。 「死なせたりはしないから、リア……!」  
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