Ⅰ 旅立ちまでのプロローグ

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――現在―― 「また焦がしたの?」 「そう言うならリアがやって」  頬を膨らませながらフライパンを渡す。  青年となったマグノリア――リアはにこりと微笑み、わたしの代わりにキッチンに立った。  痩せっぽちで骨と皮だけだった少年の背中には、今や立派に筋肉がついている。いつの間にか背丈も抜かれたし、声だって低く変わった。  さらには朝食をてきぱきと作れるまでに成長した。立派になったものだ、としみじみしてしまう。ついでにわたしも歳を取ったなぁ、としみじみする。もはや不老の身だけど。  こつんっ。じゅうー。  リアが片手で卵を割り、熱したフライパンにぽとりと落とした。  それからくるりと肩越しに振り返ってきた。フライ返しを持つ手が()()になっている。 「ベーコンは?」 「おっきいままでー」 「はいはい」  じゅわー。  音と共にベーコンの焼ける香りが鼻まで届く。  引き取った経緯はさておき、子どもの成長というのは実に感慨深いものである。  リアを見守りつつのそりと立ち上がる。立ち上がったついでに冷蔵庫を開けて、エールの瓶を取り出した。 「ジャン。パンは流石に焦がさず焼けるよね? ……ジャン? なんでエールを飲もうとしているの?」  再び振り返ったリアの眉が吊り上がっている。  わたしはエールをグラスに注ぎきって、わざととぼけてみせた。 「ん?」 「朝から飲まないって約束したよね。というかふたりの朝食なんだから、ジャンもちゃんと働いて」 『どちらが保護者か分からないな』 『同感~』  使い魔たちのやりとりを受け、リアが全身を使って溜め息を吐き出した。 「ジャンがこんなだから僕がしっかりせざるを得ないんだよ」 『なるほど~』 「残念ながらわたしはこの国に来てからずっとこうだから、リアが合わせるしかないね」 「正当化しながらエールを飲み干すのやめてくれる? しかも2本目を開けようとしてない?」  とはいえ、呆れながらもリアはトーストまで作ってくれた。  ボウルへなみなみと注がれたぬるめのカフェオレ。  バターしみしみの分厚いトースト。焼き加減は黄金色で完璧。  焦げ目の煌めくベーコン。  両面焼きの、目玉焼き。なお、リア用は半熟の目玉焼き。 「はーっ! 今日も美味しそう!!」 「食べたらまた土いじり?」 「うん、ほうはへ(そうだね)」 「飲み込んでから喋って、ジャン」  土の魔女といえば聞こえがいいものの、魔力を注いだ土地では作物の育ちがよくなる、その程度のことだ。  もう少し真面目に修行すれば土から怪物を作ったりすることもできる。ただ、ここ数十年は試作すらしていない。  大魔女シャルドンへ弟子入りしたとき、最初に魔力があるかどうかの試験を受けた。  人間、誰しも魔法を使える訳ではないからだ。  そのとき判明したのは、わたしは【土】の属性が強いということ。しかも、かなりの魔力量を秘めているということ……。  そして、さまざまな葛藤の末。  わたしは自給自足の生活のため、自らの魔力を活用する道を選んだ。  おかげで食べるものには困らずに済んだ。物々交換で肉や魚、パンも手に入るし、ありがたいことである。  最近ではリアが生産管理や諸々の調整までしてくれているので、悠々自適な食生活を送れている。 「大事な話があるんだけど」 「酒を控えろっていう話なら聞かないよ」 「いや、そうじゃなくて。あらためて、折り入って」  菫色の瞳が真剣に訴えてくる。 「うぐっ」  ……見つめられると、拒めない。  時々、いや、年々、前世の雰囲気に近づいてくるのはどうしてなのか。  髪の色だって顔つきだって違うというのに。  同じなのは瞳だけだというのに。  平静を装いつつ、カフェオレを口にする。 「もうすぐ10年が経つから?」  リアを拾って10年。  もうすぐ彼はここを出て行くことになっている。当然ながら引き留めるつもりはない。  リアは、彼の人生を歩んでいけばいい。 「うん。それもあるけど、それよりも」  ところが。  彼の発言は、想定の何倍も上回るものだった。 「実は、僕、()()()()()があるんだ」 「ぶふっ」
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