Ⅱ 実りのない村

1/9
前へ
/35ページ
次へ

Ⅱ 実りのない村

「この村から王国入りするのが、最も簡単で安全な方法なんだ」  そう説明するリアに、わたしは溜め息で応じた。 「あらかじめ調べていたってこと?」 「勿論。どうやって王都入りするかはこの旅において重要だからね」 「確信犯め」 「その通り。これは、10年計画だから」  横を歩くリアがわたしへ顔を向けてウインクしてきた。  前世の記憶があると打ち明けてきてから、ますます言動が王子に寄ってきている。10年間も隠し通してきたなんて、呆れを通り越して感心するけれど。  ――まず足を踏み入れたのは、最果ての国とグルナディエ王国との国境にある小さな村だった。  空は重たい雲に覆われて、灰色。  目の前に広がる色は茶色が多く、農作物や家畜を育てているようには見えなかった。 『さびれた村だな』 『人が見当たらないね~』 「この村に少し滞在して、村人を装って王都へ向かうよ」  リアは呑気な様子で背伸びをした。  紅い襟の白シャツにダークネイビーのベスト。  黒いズボンはストレッチの効いたもので、足元は履きなれた革のブーツ。  わたしは知っている。  ダークネイビーのベストは彼のお気に入りで、ここぞというときに着ていることを。  対するわたしは今や着るものにこだわりがなく、ハイネックで長袖の黒い黒いワンピースとショートブーツ。完全に普段着というか、これしか持っていない。 「大きな街へ行ったらジャンの服を買わなきゃね。真っ黒すぎて、かえって目立つ」 「なんで今服のことを考えているって思った訳?」 「ジャンのことなら大体分かるよ」  リアの手のひらががわたしの背中に触れる。 「ネニュファールも、マグノリアも」 「……へぇ」  ざらざらとした返事しかできない。  わたしはまだ、どうやってリアに接したらいいのか迷い続けている。 【ネニュファール・ユイット・グレーヌはジャンシアヌ・フォイユを最後まで愛していた】  信じられないでいるから。  彼の発言のすべてを受け入れてはいけないと、頭のどこかで考えているから。  胸が詰まりそうになって、話題を変える。 「それにしても、風が乾いている。シュカの言うようにさびれて見えるのは、この風のせいね」  しゃがんで、土を少し掬う。  さらさらとしていて握ってもまとまらない。 「曇っているわりに降水量も少なそう」  シュカがわたしの肩に乗ると、シアもしゃがんだままのわたしにすり寄ってくる。  使い魔の烏と猫は魔女にとってなくてはならない存在。  修行を始めるときに師匠から与えられ、ひとり立ちしてからも傍にいてくれるのだ。彼らのおかげで、長い年月を孤独に感じることはなかった。 『土の元気がないな』 「そうね」  そのとき、幼い子どもの大声が遠くから響いてきた。 「もういい加減に諦めたら?!」  立ち上がって軽くスカートの土埃を払う。 「村人かな」  リアが声のした方へ体を向けていた。  その背中に声をかける。 「とりあえず、行ってみようか」 「そうだね」  声のした方向へ歩いて行くと、畑のように整えられた地面の隅で、老人と少女が向かい合っていた。 「皆、言っているのよ。おじいちゃまがボケて、畑仕事を始めたって」  背中の丸まった白髪の老人が祖父で、一方的にまくしたてているのが孫娘のようだ。 「しかも、ボケた理由はパパとママが死んだせいだって話しているの。ねぇ、お願い。恥ずかしいから、畑仕事なんてもうやめて。どうせ芽なんて生えっこないわ」  少女は祖父の手にしていた農具を奪おうと手を伸ばす。  ところが、黙って聞いていた老人は、農具を後ろへ隠した。 「作物は実る。儂もボケてはおらん。言いたい奴には、言わせておけ」  力強い態度に、少女が一瞬怯む。なおも言い返そうと口を開いたときだった。  リアがすたすたと歩いて行き、ふたりの間に割って入った。 「突然すみません。この村では、作物が育たないんですか?」 「ちょっと、リア?」  慌ててリアの横に立つ。  いきなり現れたわたしたちに、ふたりがぽかんとした表情になる。 「ごめんなさい。わたしたちは旅の者です。この村に立ち寄ったばかりで、たまたま声が聞こえてきたので」 「旅人さん、残念だったわね。この村には人をもてなすような場所も心意気もないわ」  テラコッタ色のツインテールが躍るように揺れたのは、少女が両腕を組んでわたしたちを見上げたから。  くすくすとリアが笑う。 「心意気もないんですか?」 「そうよ。見ての通り辛気臭い村なの」  ふんっ、と少女が鼻を鳴らす。 「お嬢さん、お名前は?」 「人に名前を訊くときは、まず自分から名乗るべきじゃない?」 「失礼しました。僕はマグノリア。リアって呼んで」 「あたしはミュゲよ」  大きな瞳がわたしにも向けられる。 「わたしはジャン。はじめまして、ミュゲ」 「リアにジャンね。烏と猫も一緒なの? ふしぎな旅人さん」 「大事な相棒です」  へぇ、と興味なさげにミュゲが相槌を打った。  リアが膝を折って、ミュゲに視線を合わせる。 「最初の質問の答えを。作物は、この村で育たないのかい?」 「雨も降らないし、陽も射さない。土に栄養がないって、生きてた頃にパパが教えてくれたわ。この村で農業をするのはばかのすることだ、って」 「なんだと!」  ばか、という言葉に反応して老人が声を荒げた。  怒られると思っていなかったのか、ミュゲは縮こまって何故だかリアの後ろに隠れる。 「だって、皆言ってるもの。おじいちゃまは恥ずかしくないの?」 「恥ずかしくなど、ない。必ず作物は実る。実らせてみせる」  割って入ったせいで間に立つことになってしまったリアは、わざとらしく肩を竦めてみせた。 「ねぇ、ジャン」 「その顔はなに」  悔しいけれど、わたしもわたしで解ってしまった。  リアの言いたいこと。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加