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――わたしは【土の魔女】。
そして、困っている人間を見ると、放っておけないのだ。
「シュカ。シア」
『うむ』
『は~い』
「喋った!? 烏と猫が!?」
右手を高く挙げる。手のひらは曇り空に翳す。
「ルヴァンシュ、ルヴァンシュ」
これはわたしの魔法の呪文。
「「この畑に作物を実らせる力を」」
地道な修行のおかげで、土属性の魔法なら結果を思い浮かべるだけ、言葉にするだけで行使できる。
体じゅうから手のひらに向けて魔力が集まる感覚。
それが頂点に達した瞬間――手のひらを返して地面に片膝をつき、魔力を地面へと移す。
ふわぁっ、と地面から風が吹いた。
「畑が……光った!?」
「これは……」
老人と少女が同じように瞬きを繰り返す。
淡い光と風が収まり、畑は何事もなかったかのように静かになった。
……むく。
そして、鮮やかな新芽が土から顔を覗かせる。
むく。ぱっ。ぱっ。
あっという間に小さな緑が点のように広がった。
きっと蒔かれた種はすべて芽が出ただろう。
あとは、丁寧に育てていけば大丈夫。
「す、すごい……! もしかして、あなたは魔女なの?」
「まぁ、一応」
「こらこら、変なところで謙遜しない。ジャンは【土の魔女】さ。魔力が注がれたこの畑には、立派な作物が必ず実るよ」
リアが横からわたしの両肩に手を置いてくる。
これまでもされてきた仕草なのに、なんとなくむずがゆいのはどうしてだろう。
「すごーい! 魔女って実在したのね!」
ミュゲの顔がぱっと明るくなり、声のトーンも上がる。
わたしの両手を取り、ぶんぶんと振ってきた。
「よかったらうちに来てちょうだい。変な宿に泊まるより、よっぽどもてなしてあげるから! ねぇ、いいでしょう?」
「そうだな」
話を振られた祖父は空いた手で白いあごひげを撫でた。
「おじいちゃまもいいって。部屋も空いているから安心して」
すっかり懐かれてしまったらしい。
ミュゲはわたしとリアの腕を掴んで、畑の脇にある煉瓦造りの家へと歩き出した。
筒状の建物は、よく見るとあちこちに点在していた。どうやらこの村の住居は全部この形状のようだ。
「あの、ほんとうに、いいんですか?」
後ろについてくる老人へ、肩越しに振り返る。
「大したもてなしはできんが、よかったらあの子の話し相手になってやってくれ。あぁ見えて、少し前に両親が亡くなって寂しがっているんだ」
・
・
・
外側は少し崩れている部分もあるものの、しっかりと積み重なった煉瓦のなかは、見た目以上に広かった。
整理整頓された居間の一角には木で彫られた女神像が飾られている。フルラージュ教の偶像だ。
女神から連なる多神教は、国の支配者が変わった今でもしっかりと根づいているらしい。
木製のテーブルには椅子が4脚。2脚はおそらく亡くなったミュゲの両親の分だろう。
わたしとリア、老人――道中でクリザンテムと名乗ってくれた――で向かい合って座る。
てきぱきとミュゲが木のコップに飲み物を用意してテーブルに置き、クリザンテムさんの隣に座った。
そして一家の主はコップを掲げる。
「女神さまに祈りを」
「祈りを」
わたしたちも彼に倣う。コップは掲げるだけで、合わせはしない。
食事の前の祈り。久々に声にしたから、なんだかふしぎな気分だ。
「烏さんと黒猫さんは?」
「シュカとシアは外でも平気だし、自由に動き回っていると思うから気にしないで」
コップの中身は濃厚なぶどうジュースだった。
ぼそりとリアが呟く。
「赤ワインじゃないよ」
ミュゲたちの手前、黙ってにらみ返すだけに留めておく。ワインだったらうれしいけれど、わたしはそこまでお酒を飲みた……いや、飲みたい。やっぱり黙っておこう。
「リアも魔法が使えるの?」
「いや、僕はただの人間さ」
リアが軽く両手を挙げ、首を横に振った。
「魔法の才能がないから、人間としてできる範囲のことを手伝っている」
「そうなの? やっぱり誰でも魔女になれるわけではないのね」
「ミュゲは、魔女に興味が?」
「実在するなんて思っていなかったもの! ねぇ、どうやったら魔女になれるの?」
黙って飲んでいたら話を振られてしまった。
「えっ。わたしの場合は他に選択肢がなかったというか、なんというか」
原因は横に座る青年の前世だなんて言えないし、気まずい。妙に気まずい。いや、どうしてわたしがいたたまれなくなっているんだろう。
隣でリアは飄々としているっていうのに。
「大魔女に会うことができて、素質があるって判断してもらえたから、弟子入りしたというか」
「あたしも素質があればジャンに弟子入りできる?」
うわぁ……テラコッタ色の瞳がきらきらと眩しい。
純粋な興味を向けられるなんて初めてだ、と、思う。なにせ最果てで生活をしていると、魔女に向けられる感情をあまり経験しない。場所によっては女神以上に崇拝されたり、嫌悪され、迫害されたりもするそうだ。その辺りのことは大魔女がたまに話してくれた。
【困ったらさっさと逃げればいい。どうせ人間より永く生きるんだから、いちいち気にしていてはいけない】
そしてそのときはいつも、アドバイスになっているのか分からない微妙な言葉で締めくくられるのだった。
「まだ10歳だし、将来有望だと思うんだけど!」
10歳、純粋さの圧が強いー。
苦笑いを浮かべていたら、リアが助け舟を出してくれた。
「10歳なら、まだ子どもだ。そもそもクリザンテムさんの許可を得なきゃ」
「リアも両親の許可を取ったの?」
「僕は天涯孤独だったから」
ミュゲの、しまった、という表情。ころころ移り変わる喜怒哀楽。
愛くるしい、という表現がぴったりだ。
「ジャンに拾われなきゃ早々に野垂れ死んでた。運がよかったんだ」
「ふぅん。ふたりは恋人同士では、ないのね?」
「ごふっ」
……どうしてだろう。最近むせることが増えたような気がする。
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