3人が本棚に入れています
本棚に追加
抑えきれない感情
「なによ、その顔」
別に涼のせいで全国に進めなかったわけじゃない。むしろ涼の演奏は今日も完璧だった。
しかし、唇から溢れた一言はそれだった。
これはきっと八つ当たりだ。クロエ本人もそのことはよく理解していた。
「ボクの顔がどうかしたのかい。至って普通の顔だと思うけど?」
涼は自分のことを『ボク』と呼び、男の子のような話し方をする。キリッとした美男子のような容姿を持つ涼の口から『ボク』という一人称が出ても、まったく違和感を覚えない。
いつもなら当たり前だと思えるそんな涼の話し方でさえ、今のクロエにはとても傲慢な物言いのように聞こえた。
「悔しくないの?」
涼の一言に反応してしまったクロエ。
「もちろん残念だとは思っているよ。でも、そもそも音楽に点数をつけること自体がおかしいんだ。ボクたちの演奏が審査員の好みじゃなかったってこと。それだけさ」
涼は常からコンクールには興味がないと言っていた。だから別に今日に限っておかしなことを言っているわけではない。しかし——
クロエは席を立つと、乱暴な足取りで会場から駆け出した。このままだと怒りの感情に駆られて、涼に掴みかかりそうな気がしたからだ。
「待って、クロエ!」
隣の席に座る愛美の声が耳に届いたが、クロエは構わず走り去った。
最初のコメントを投稿しよう!