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激情家
これはクロエが中学3先生の時の話。
「…………私、吹奏楽やめる」
泣いているところを愛美に見られたクロエは、ぶっきらぼうにそう言った。
「……何言ってんだか。そんなことだろうと思ってたわ」
クロエと愛美、そして涼が在籍していたのは、私立東松山熟田津南高の中等部。私立の学校なので、エスカレーター式で東高高等部への進学が決まっていたのだが……
「嫌なのよ! 涼と一緒じゃあ、私はずっと活躍の機会を与えられないわ!」
「ちょっと…… 少し落ち着きなよ。何も全国大会があるのはアンサンブルコンテストだけじゃないでしょ? やっぱり吹奏楽部の一番大きな大会って言ったら、夏に行われる『吹奏楽コンクール』じゃない」
東高中等部の吹奏楽部は部員数が少なかった。このため、大人数編成がメインの全日本吹奏楽コンクールは、彼女たちにとってあまり身近な大会という感じがしなかった。
「東高の高等部は吹奏楽部員の人数も多いから、きっと『吹奏楽コンクール』を目標にした活動になると思うよ」
「でも、涼と一緒じゃあ……」
「コンクールのA部門は55人で演奏するんだよ? どっちか一人しか出られないってわけじゃないんだから。それでも絶対、涼に負けたくないって思うんなら、同じ高校の吹奏楽部の中で競い合えばいいじゃない。高校に入っていっぱい練習して、涼を見返してやれば?」
「……簡単に言うわね」
「私はね、高校では絶対、全国大会に行きたいの。私だって、今、悔しいんだよ?」
愛美の担当楽器は木管楽器のファゴット。クロエ同様、愛美も今回の栄光から遠い場所にいた。
「だからね、フルートが上手いクロエがいないと困るのよ。クロエ、一緒に全国に行こうよ」
愛美が言っていることの、どこまでが本音なのかクロエにはわからなかった。でも、自分の演奏技術を認めてもらい、救われた気持ちになったことは事実だ。
「愛美、約束よ! 忘れたなんて言ったら許さないから!」
「まったく、クロエは可愛い顔して激しい性格してるんだから。絶対、忘れないから安心して。そう言えば、顧問の先生はクロエのことを『激情家』って言ってたわね。なんだか納得したわ」
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