激情

5/7

67人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
「――彼と出会ったのは偶然でした。彼は何年も放浪の旅をしていました。身なりは汚れていてどうみても浮浪者のような格好でした。そんな彼を私はある日、山道で自分の馬車で轢きそうになったのです。ええ、それこそあと少しで轢くところでしたよ。もうその時の彼には動く力も無さそうに見えました。ついでに彼は長年の放浪生活で重い病を発症していました。顔色はとても酷かったですね。ついでに彼には身よりもなく、誰も頼る人がいないと思った私は、このまま山道に倒れた彼をほっとくのも可哀想になり。自分の家に連れて帰って懐抱してあげました。初めは私のことを警戒してましたが、看病をしているうちに彼は徐々に元気を取り戻したのです。彼は私と色々と話しているうちに、自分の事を教えてくれるようになりました。もうその時にはすっかり元気になってましたけどね。そしてある日の晩のこと、私と彼はお酒を飲みながら他愛もない話をしていました。すると彼は酷く酔ったのか自分の過去について話し始めました。私は最初、冗談だと思いましたが彼の話を段々と聞いていくうちにその話を信じざるを得なかったのです――」  アーバンがそのことを話始めると、ローゼフは頑なに息を呑んだ。 「彼は昔、若い頃に顔無しの奇妙な人形を手に入れたそうです。そしてその人形はただの人形ではなくて、「不思議な生きた人形」だったそうです。彼は聞いた話に基づいてその人形に試しに命を吹き込みました。それが貴方様がやったあの魂の儀式です」 「なっ…――!?」 「儀式を終えたあと人形は姿を変えると、生きた人形に変わったそうです。それはまさに貴方様が成し得た事を彼も成し得たと言ってもいいでしょう。彼の手により誕生した愛玩ドールは、とても可愛らしい少女だったそうです。彼は人形の一方的な「愛」に初めは悩まされて随分と悩んだそうです。しかし愛玩ドールの放つ不思議な魅力にとりつかれた彼は、今の貴方様のようにその人形を受け入れて心から愛したのです。そして、その少女も彼のことを心から愛しました」  アーバンのその話にローゼフは心が歯痒い気持ちになった。 「では…! では何故、そんなに愛していたドールを殺さなければならなかったのだ…!? そんなことは間違っているぞ…――!」  やり場のない思いぶつけるとアーバンは答えた。 「そんな理由など簡単なことです。愛が全て許されるわけではありません。ましてや、人と人形の偽りの愛など誰が許すでしょうか?」 「ッ…!」  アーバンのその言葉にローゼフは急に黙り込んだ。 「彼にはその時には既に、婚約者の女性がいました。彼自身は彼女との結婚など心から望んでおりませんでした。しかし、彼のご両親は自分の息子が人形に偏愛を抱いていることを恥じたのです。そして、その事実を必死で隠そうとした彼のご両親は彼女と無理矢理、結婚させたのです。彼は人形との誓約は解除しなかったものの、人形への愛が段々と薄れていったのです。そして人形自身も彼の愛が自分から遠ざかっていくのを感じたのです。やがて彼は少女の悲しみに耐えきれず悩んだ末に彼は決意しました。そして、少女をその銀のナイフで刺して誓約を解除したのです。少女は魂を失うとただの人形の姿に戻り、彼の名前を呼ぶことも話しかけることも、愛すことも二度と無くなったのです」 「バカな…! 自分から逃げるとはなんて愚かな選択を…――!」  ローゼフはやり場の無い悲しみに唇を噛み締めると複雑な思いに心が揺れた。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加