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第一話 秘密の関係
私は、ゆらゆらと揺れる暖炉の火を眺めるのが好きです。
眺めているだけで心が落ち着くような気がして……。
オフィーリア大陸の冬は厳しく、二の月ともなると、このお城の庭は真っ白な雪で覆われて、可愛らしい冬毛の小動物が見られて心が癒やされるのです。
春先になると、豊穣の女神エルザの祝福を祝って、王都や貴族たちは社交界を開いて夜中までお祭り騒ぎをするけれど、私はこうして暖炉の側で本を読んだり刺繍をするほうが楽しく過ごせました。
「お嬢様、シトラールティーにございます」
ノックをする音がして、部屋に入ってたのは執事のアルノー。
綺麗な黒髪に、時折光の加減で金色から緑色に変わる不思議な瞳をした彼は『獣人』の民で、寒さに震える私たち人族に『火』の使い方教えてくれた獣人の末裔だと言われています。
一度だけ、私に頼まれて彼が獣に変身したのを覚えているのですが、それはそれは美しく、気高い黒豹の姿で、さながら獣人族の滅びの王のような佇まいでうっとりと彼の体毛を撫でていました。
私はシトラールと呼ばれる、ハーブティーとチョコが散りばめられたクッキーは私の大好物で、アルノーはいつもこれを用意して喜ばせてくれるのです。
「ありがとう、アルノー。今日はお父様とお母様のお帰りは遅いの?」
「先ほど、伝書鳩の獣人から連絡が入りまして今夜は吹雪くそうなので、リーデンブルク様のお屋敷にお泊りになるそうです」
私は少し安堵しました。
厳格なお母様と、あまりお話をしてくださらないお父様がこの城にいない時は、張り詰めた息苦しい空気が、少しだけ緩むような気がするからです。
数人のメイドと侍女、そしてアルノーだけがこの城にいると思うと、私の心臓はだんだんと高鳴って羞恥心に目を伏せました。
まさか、自分から口にするような事は無いけれど、おずおずと子供の頃からどこか大人びて冷たい目をしているアルノーを見上げました。
幼い時から私を知っているアルノーは、視線だけで、私が何を欲しているのかを察する事ができるのです。
「オリーヴィアお嬢様、今夜もご所望で御座いますか」
私は無言のまま頷きました。
アルノーが教えてくれたあの遊びは、きっと罪深き戯れで、お母様に知られてしまえばきっとシュタウフェンベルク家には相応しくないと罵られ、両手を差し出して鞭を打たれてしまうでしょう。
貞淑である事がこの家では美徳なのです。
✤✤✤
侍女が寝静まったころ、私は黒豹の獣人だけが聞こえる『執事の鈴』を鳴らしました。
暫くして廊下を歩く足音が聞こえると、部屋をノックする音が響き渡ります。
「アルノー、入って」
薄暗い部屋に入ってきた執事のアルノーの雰囲気は、昼間の冷静沈着で人を寄せ付けないようなものではありません。
どこか色香を漂わせ、獣人特有の、暗闇でも光る目を妖艶に輝かせてベッドの端に座る私の元に歩み寄ってきました。
「お嬢様、こんな時間に私をたびたび呼び出しては侍女に怪しまれてしまいますよ? 年頃のお嬢様の部屋に忍び込む男の目的など、一つしかありません……お嬢様をお慰めすることですからね」
アルノーはそう言うと、手袋をつけた指先で私の顎を上げると、瞬きもせずに唇を撫でてくれます。
「こんな遊びを覚えてしまったら、オリーヴィア様が嫁がれた時に、ご伴侶になられる方は初夜に大変驚かれる事でしょうね。
旦那様いわく、リーデンブルク辺境伯の嫡男でいらっしゃる、ギルベルト様の元に嫁がせたいようですが……あの方は女性を良くご存知のようですから、すぐに見破られてしまいますよ」
「ギルベルト様の元には嫁ぎたくないわ。私はアルノーと一緒にいる方が楽しいもの」
ギルベルト様は大変聡明で美しい方です。
社交的で、優秀。
学問にも武術にも長けていらっしゃり、貴族の娘の間では憧れの方なのだとか。
お父様は、軍事力も権力もお持ちになるリーベンブルク家の親族になって、そのお力にあやかりたいのでしょう。
お母様は、恋多きギルベルト様の事を、豊穣の女神エルザ様に仕える守護騎士としてあるまじき行いだと眉をしかめますが、お父様の言葉は絶対です。
一度、お会いした事があるけれど私とは正反対の方で、自信に溢れた強い光を放つ太陽のよう。
………苦手な方でした。
「嫁ぎたくない、ですか。困りましたね。
下賎の身である私の方が良いなどと……お戯れを。貴女のお父上の耳に入れば、きっとお倒れになる事でしょう。さぁ、オリーヴィア様……スカートを上げて、ベッドの上で子犬のように四つん這いになってこちらにお尻を向けて下さい」
「う……うん。怖いから指は入れないで」
「ええ、分かっていますよ。婚前前に処女を失う事は、シュタウフェンベルク家の令嬢にとって恥ずべき事ですから」
私は耳まで熱くなるのを感じながら、ベッドの上で四つん這いになると、スカートを捲り上げました。
子供の時に、このお城に連れて来られたアルノーが、どうしてこんな遊びを知っているのか私は存じません。
尖った舌先が、音を立てながら左右の花びらを舐め、深く口づけて私の奥に埋まった、敏感に感じる場所を刺激し、転がすように舐めると何かに追い詰められるような気がしました。
シーツを握りしめた瞬間、私は意識が飛び頭が真っ白になったのです。
全身を愛撫するアルノーの舌と、手袋越しに強烈に感じる場所に触れられると私はもう、涙を流すしかありません。
腰を引いて逃げようとしても、こうなった私をアルノーは許してはくれないのです。
呼吸が乱れて、私は力を無くしたようにベッドに倒れ込み強烈な後悔に苛なまれるのです。
このような淫らな遊びを覚えてしまった、この上なく恥ずかしい気持ちと、アルノーにもっと愛撫して欲しいと言う、浅ましい欲求で体が火照り、こうしてこの遊びを終えた後は処女神エルザ様に許しを請うのです。
「このような淫らな遊びもそろそろ終わりにしなければいけませんね」
「い、いや……アルノー……終わりにしないで」
アルノーの瞳は時折、恐ろしく冷淡に私を見つめる事があります。
オノレの民は潜在的に人を憎んでいると、お父様から聞いたことはありますが、本当でしょうか。
ベッドの上ですがるように見上げると、ふと口元に笑みを浮かべ優しく微笑みました。
「泣かないで下さいませ、お嬢様。今度は貴女が奉仕する方法を私が教えましょう。さぁ、今宵は冷え込みます。お休みなさい」
アルノーは私の体を軽々と抱くと、子供のように寝かし付けシーツをかけ何事も無かったかのように、微笑んでくれました。
優しく額に口付けられると、私は安心して眠りにつくことが出来るのです。
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