忌マワシキ子

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 忌一はその日記を閉じ、目の前の仏壇へそっと置いた。  松原家の仏壇には、五年前に亡くなった養母(はは)の遺影と位牌が飾られている。享年四十五歳。突然の交通事故で、原因は未だ謎のままだ。  鼻をすすり目頭を指の節で拭いながら、ろうそくに火を灯して線香に火を付ける。母が遺したこの日記を読むと、孤独だった孤児時代の記憶も同時にフラッシュバックするのだった。  それでも忌一は思い出したように時々この日記を読む。読めばいつでも近くに母を感じるような気がして、自分が存在してもいいのだという肯定感が高まるからだ。  片手で風を送って線香の火を消し、砂の入った器に立てて、おりんに涼やかな音をひとつ響かせる。 「俺なんかと家族になったばっかりに……」  目を瞑り、遺影に向かって手を合わせる。  すると仏壇の上を、花咲かじじいのような恰好をした小さな老人が、トコトコと歩いて晴海の日記へそっと触れた。 「わしがもう少し早く、忌一と出会っておればのぅ……」  すると忌一の着ていたシャツの右袖から、にゅるんと鰻のような頭が飛び出し、コクコクッと頷いた。  彼らは『桜爺(おうじい)』と『龍蜷(りゅうけん)』という名の、忌一の式神だ。先に式神になった桜爺とは、晴海が亡くなった後で修行した陰陽師(おんみょうじ)のところで出会っている。  彼女が亡くなる前に彼らと出会っていたら、何かが変わっていたのだろうか。  母が亡くなった事故の原因については、幼い頃から自分とその周囲を不幸にしてきた、己の身に巣くう異形(いぎょう)のせいであると確信している。そして今はその異形を、彼ら式神が封印していた。 「五年前は母さんを守れなかったけど、あの時より俺、少しだけ強くなったから」  そう言って忌一は、自分の式神らに視線を送る。彼らも忌一を見て、コクリとひとつ頷いた。 「母さんのおかげで、俺はもう独りじゃないよ。あの時俺のこと迎えに来てくれて、ありがとな」  松原家の仏間には、もう一度甲高いおりんの音が響くのだった。 <完>
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